雑記

100日後に転職するジョブホッパー【第四章】

第一章「オッパブと上司の骨折」はこちら
第二章「心の中でタイキック」はこちら
第三章「忘却のひよこリスペクト」はこちら
第四章「あの夏の日の活動記録」はこちら
最終章「転職の向こう側」はこちら



祝!! 書籍化!!


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61日目


私の名前は、安斎 響市。

27歳、初めての転職で、このポパイ電工株式会社にやってきた。

「ポパイ」と言えば、世界中で知らない人はいない、超有名ブランド。でも、その空前絶後の超絶怒涛の社風を目の当たりにして、安斎は、早くも会社を辞める決意をしていたんだ。


そう・・・


「ジョブホッパーへの道」を、着実に、歩み始めていたんだ。


月曜日の朝・・・会社に着くと、植野係長がいつものように奇声を上げている。



「佐藤くん??

一体なぜ、こんなことになったのか、聞かせてもらえるかしら!?」



「あ、あの・・・申し訳ございません、先週3日も風邪で休んでしまって、ちょっと作業が・・・」



「・・・・それで? 
なんでこうなったのか聞いてるんだけど。あんた、日本語分かる?」



「す、す、すみません・・!!今日中には修正しますんで・・・・!!!」

「私は、理由を聞いているんです!!」


・・・ポパイ電工は、今日も平常運転である。



62日目



ポパイ電工に入社して、半年以上が過ぎた。

日々の仕事を続けながら転職活動を続ける安斎であったが、やはり短期間に転職を繰り返すのは印象が悪いのか、何社か面接は受けたものの、全て「内定」には至らず・・・

「未来」が見えないまま、ただ、時間だけが過ぎていった。


もう6月か・・・
スーツで出社するのも、だんだん暑くなってきたな。



・・・。



なぜ「62日目」なのに「200日くらい」経ってんのかって??

そんなことは気にしないでいただきたい。作者にも色々と都合があるのだ。


当然ながら「ポパイ電工株式会社」は架空の会社で、これは全てパラレルワールドの中のお話なので、時空の歪みが生じている可能性もある。


これまで第一章~第三章の中で、ポパイで起きている数々の事件に比べれば、時空の歪みや、タイムワープくらい何度か生じていても、全くおかしくはない。もしかしたら、安斎の夢の中の話なのかもしれないが、・・・夢ならば、どれほどよかっただろう。


なお、私が調べたところによると、過去2カ月で数百人もの人がGoogleで「ポパイ電工」と検索しているらしいのだが、ポパイ電工という会社は実在しないので、ググっても無駄である。

さて、物語の本編に戻ろうか・・・



「安斎君、分かってるとは思うけど、上半期の評価シートの提出期限、6月20日までだからね。きちんと書いておきなさいよ。いいわね?」

20XX年も、今月で半分終わる。安斎にとっては、ポパイ電工に入社して初めての「人事評価」のタイミングが来ていた。評価者は、メンターの植野さんと、上司の高橋課長である。


とは言っても・・・既に転職する気満々の私には、もはや社内の人事評価などクソ食らえという気持ちだし、社内接待や宴会芸やキャバクラなどの最重要タスクで活躍しない限り、人事評価が上がらないのは既に分かっている。私の人事評価は十中八九、低いものだろう・・・


確か、先日の人事部からの説明によると、評価シートに記入した自分の「上半期の実績」や「今後の目標」等を元に、植野さんと1対1の面談をした上で、高橋課長が最終的な評価を下すことになっている。

とりあえず、評価シートは適当に書くか・・・と考えていると、


「あ、それと・・・ 今回は面談は省略するからね。

評価シート出すだけでいいから。たぶん、高橋課長や人事部からのフィードバックも無いわ」

と、植野さんから「理解不能な情報」が降りてくる。


破壊の神・植野係長の言うことは絶対ではあるが・・・

正直、ちょっと何言ってるか分からない。



「・・えっと、それって、・・・どういうことでしょうか? 評価面談って、そんな簡単に省略していいものですか?」


「いいのよ。だって、入社2年目までは評価は全員一律『B』だから。面談しても、あまり意味ないのよね」



一律、『B』・・・?


「そうよ、何度も言わせないでよ。新卒でも中途でも、入社して2年間は評価は固定で『B』になるの。


まあ、下積み期間なんだから、当たり前よね?」



な、な、なんだと・・・

こんなことがあるのか・・・


つまり、入社して最初の2年間は、どんなに成果を出しても、どんなにミスをしても、評価は全員同じということなのか・・・??

前に、植野さんが「風邪ひいて休んだら評価下げる」とか言ってたのは何だったんだ・・・

評価が同じということは、全員、昇給やボーナスも同じ・・・入社年次が浅いからというだけで、評価さえしてもらえないのか。何という年功序列の横並び。


ポパイ電工・・・この会社、まだまだ底が知れない・・!!


63日目


この2カ月ちょっとくらいの間の転職活動で、合計10社の選考に応募したが、書類通過したのが、「ひよこリスペクト」を含め3社だけ。

「ひよこリスペクト」は一応最終面接まで行ったが、こちらから選考辞退。その他の2社・・・ゲーム会社「ザビエルの夜明け株式会社」と、ビールメーカー「地獄ビール株式会社」

いずれも規模は小さく、ポパイ電工と比べるとベンチャー企業のような少人数の会社ではあるが、いずれも大手の資本が入っているので経営は盤石。


今まで、株式会社L&Ps、ポパイ電工株式会社と、大手有名企業ばかりで働いてきて、どうやら、いわゆる「日系大企業」は私には合わないと感じていたが・・・かといって、スタートアップに飛び込む勇気は無いし、そもそもスタートアップなんかに転職したら給料が大幅に下がる。


20代で年収1,000万円を超える「海外駐在員待遇」を捨てて前職を辞めてきた以上、今さら、「お金の為」に働くつもりは無かったが・・・家族の生活を考えると、やたらと収入を下げるわけにはいかなかった。


そこで目を付けたのが、大企業の子会社でありながら、ベンチャー企業のように小規模で自由が利きそうで、かつ、ユニークで面白そうなビジネスを展開している、「ザビエルの夜明け株式会社」「地獄ビール株式会社」の2社だった。



何より・・・

ゲームもビールも、私の長年の趣味だ。



正直言って、「ポパイ電工」の大企業ブランドに釣られて、個人的に全く興味がないTKG業界に入ってきてしまったことも、仕事のつまらなさに拍車をかけていた。


次の会社では、自分が本当に好きなことをしよう。

そう思って、旅行、音楽、お笑い、インテリア家具、ビール、漫画、ゲーム、家電、オーディオ、チンアナゴ、おっぱいなど、個人的に大好きなものを、何か仕事にできないだろうか??? と考えたのだった。



こうして、転職ポータルサイト「ボクナビNEXT」で見つけたのが、ゲーム等の総合エンターテインメント企業「ザビエルの夜明け株式会社」の海外事業開拓のポジションと、クラフトビールメーカー「地獄ビール株式会社」の商品企画のポジションだった。


このうち「ザビエル」の方は、残念ながら先月、最終面接で落ちてしまった。

ゲーム・漫画好きで軽くオタクに片足を突っ込んでいる安斎は、ザビエルのゲーム事業・エンターテインメント事業にも様々な視点で自分の意見をズバズバ言ったところ、一次面接、二次面接と、面接官に大ウケですんなり通過、転職エージェントからも、「すごく評価良かったみたいですよ!」と言われて調子に乗っていたが、

最終面接で出てきたオラオラ系強面のゴリラのような取締役の前に、あっさり撃沈。


「ザビエルの夜明け株式会社」に内定をもらうことは出来なかった・・・



「君さ、『ザビエルの夜明け』ってどういう意味だと思う??」

面接の中盤、唐突に質問をする筋肉ゴリラ・・・


「社名の由来」を知っているかどうかで志望度を見ているのか・・・???

これ、会社の公式HPとか見ても出てこなかったんだよな。。。

くそ・・・
全然分からない・・・



「そ・・・それは、あの、歴史上の偉人フランシスコ・ザビエルの伝説的な布教活動の如く、この会社のゲームを世界中に広めてお客様を楽しませ、歴史に名を刻め、的な、会社の姿勢を示している的な感じでしょうか・・・??」



「違う。『ザビエルの夜明け』に意味など無い。

君はダメだ。帰れ。」




・・・。


一体、何と答えれば正解だったのかは分からないが・・・

とにかく、私は最終面接に落ちた。


転職活動とは、「正解」が分からず、書類選考や面接で落ちた時にも、なぜ落ちたのかがはっきりしない、


自分の何をどう変えれば「内定」に辿り着けるのか、一向に見えてこない、孤独で不安な戦いの日々である。


次は・・・「地獄ビール株式会社」の二次面接が再来週。そこで落ちたら、また転職活動も「ふりだし」か・・・

安斎は、少し暗い顔で、今後の仕事のこと、転職活動のことを考えながら、今日も京王線に揺られて家路に着くのであった。


64日目


「安斎君、ちょっと・・・」


「はい、何でしょう? 植野さん」


「7月頭の営業会議資料、もう出来てる?」


「はい、私の担当の・・・284ページから326ページまで、今日中には終わると思います。」

「今回、スマートTKGのローカルモデルの新製品、初速3カ月の販売状況報告になるから、気合入れてよね! 本部長にも注目されてるんだから!!


「・・・あ、はい。承知しました。」


「ちょっと、あんたさ、なんでそう覇気が無いのよ!?

本当に『ゆとり』なんだから!いいから気合入れろっつってんのよ!!!本部長への報告よ!!分かってんの!?


「は、ハイッ!!」


植野さんは、逆に覇気があり過ぎる・・・

覇王色だ、たぶん。

しかし・・・

気合入れろよって言われてもなあ・・・


私の仕事は、オーストラリアの現地法人の担当者から送られてきた営業実績のエクセルの数字を、ただひたすら営業課内のフォーマットにコピペして、グラフを更新してパワポの各ページに貼り付けるだけだ。

グラフが25種類あるので結構大変ではあるが、ほぼ「単純作業」と言っていい。

あとは、グラフの数字の説明を2-3行程度、現地駐在員に軽く電話で聞いた「本部長にウケそうなネタ」と、Googleというハイエンドビジネスツールで得た業界ニュースなどから、適当にまとめて書くだけだ。こんなの、高校生のアルバイトでもできる、というか、グラフの更新作業はたぶんマクロ組めば2秒で終わる気がするんだが・・・

ポパイ電工・海外営業部では慢性的に人が余りまくっており、「効率化」なんかしても時間が空いてやることが無くなるだけなので、マクロなんて組まなくていいのだ。

そもそも、社員のデスクにモニターを設置するのも「コストが・・・」と言って却下する会社だ。

「効率化」なんて考えても、仕方がない。


みんな、ほどほどに仕事をしている感を出して、今月も給料が出れば、それでいいのだ。


いつものように、ペタペタとエクセルの元データのシートに最新の数字をコピペして、グラフを手作業で修正する。

あとはGoogle検索か・・・

まだまだページ数があるな。
今日も残業か・・・


なんとか、自分の担当パートのパワポ資料43枚を完成させて、

安斎は22時半に会社を出た。


疲れた・・・今日は転職活動の事は考えられそうにないな。



東京の雑踏の中に、今にも消えてしまいそうな自分がいた。





翌朝、会社に行くと、覇王色の使い手が、仁王立ちで立っていた。


「安斎君・・・あのグラフ・・・駄目ね


「・・え?私、何か作業を間違っていたでしょうか?」


「別に、作業は間違ってないのよ。問題なのは、実績の数字

あれじゃ低すぎるから、数字いじってくれる?


「・・・え?」

65日目



「数字をいじるって・・・実績をですか?」



「そうよ? 新製品の最初の3カ月の立ち上がりとしては、ちょっと販売ペースが鈍化し過ぎてるわ。

あんなグラフ、明石本部長へお見せするわけにはいかないでしょ?」


「・・・え? でも、、、実績ですよ?


「何を固いこと言ってんのよ?若いくせに。」

「でも・・・それって『捏造』じゃ・・?」


「ちょっと安斎君、人聞きの悪いことを言わないでくれる?

いい?私たちは『営業』よ?

販売実績を作ることが、私たちの仕事なのよ。


ここが腕の見せ所よ。さ、作るわよ」



営業実績って・・・そうやってパワポの画面上で作るんだっけ・・・???


これって・・・売り上げの捏造じゃないか?? もしくは、文書改ざん

こんなの絶対におかしい気がするけど、植野さんガチっぽいし・・・



「じゃあ・・・

まず、グラフを縦に引き伸ばしてくれる? 横長のグラフだと、2か月目に売り上げが落ちてきてるのがバレバレだからね」



いや「バレバレ」って。なんで自分の会社の役員に、営業実績がバレたらまずいんだよ・・・


「もっと。もっと引き伸ばすのよ。本来、新人のあなたにはパワポのフォーマットを変える権利はなくて、『純粋なコピペ』しか許されてないけど、今回は私が許可するわ。自由にやりなさい。


「・・・はい」

こうして、ポパイ電工株式会社入社7か月目にして、コピペ以外の権限を係長から委譲された安斎であった。


ついに、私にも、裁量ある仕事を任されたと言えるが・・・

さて、何をどうすれば・・・


「やっぱり、駄目ね。パワポの見た目をいじるだけじゃ、誤魔化しきれないわ。

エクセル開いて。元データを調整するわよ



やばいよ、やばいよ、「誤魔化す」って言っちゃってるよ、この人・・・

世の中には、パワポ禁止の会社もあるらしいけど、ようやく意味が分かったよ。こうやって見栄えで「誤魔化す」人がいるのね。。。



「植野さん・・・

でも、さすがに実績の数字を書き換えるのは、まずくないですか?」



「いいの、いいの!! これは社内会議の資料で、外には一切出ないんだから。


毎月の月末の数字だけ正しくしとけば、月中の推移は、いい感じに修正しちゃっていいのよ!!明石本部長のご機嫌が取れれば、それでいいんだから!


もう、まったく意味は分からないが、安斎には、従うほか無かった。



「うーん、とりあえず・・・5月の2週目と3週目、実績の数字に、1.1 かけてみてくれる?


「・・・こうですか?」


「もうちょっとね・・・

1.15くらい、かけてみようかしら?

「・・・こうですか?」



「うん、なかなか良いわね・・・1.17 行ってみようか?


こう、販売ペースにググっとエンジンがかかる感じで。


そう、そう・・・おっ。来たわね。これで行きましょう


一体何が「来た」のかは分からなかったが・・・

安斎の精神には、限界が来ていた。



66日目



「こちら、グラフ481をご覧ください。発売初月と比べて、2か月目、3カ月目と若干販売ペースは落ち着いてきたものの、プロモーションを打ったタイミングで確実に数字は伸びており、今後も堅調に推移する見込みでございます」


「ほう、なるほどね。プロモーションは効いてるわけだ。そりゃ良かった。

予算承認するとき、結構俺が文句つけて渋っちゃったからなぁ・・・現地の新田くんのこと、若手駐在員だからって、いじめすぎたかなあ」


「いいえ~~!!
新田さんも、明石本部長にいじめてもらえて、きっと喜んでますよ~~!!」


「あははは、そうかなあ!! 彼、ドMっぽいからなあ!!!!」



おっしゃる通りでございます!本部長!!

ドMでございます!!




・・・。



何を言っているんだ?植野さん・・・

そのグラフの数字は、先週、捏造に捏造を重ねた「嘘の数字」じゃないか・・・



オーストラリア現地の販売状況は厳しく、新製品の出荷は、発売後、最初の数週間こそ良かったものの、明らかに落ちてきている。このままだと予算達成は厳しいという状況で、追加で打ったプロモーションも全く効果が無く、現地法人の社長も困り果てているのに・・・


週次推移の数字を一部いじって「売上グラフ」の上下の波を調整して、まるで、プロモーションを打った週にその効果で売り上げが上がったように見せるなんて・・・・

こんなの「改ざん」でしかない。


そして・・・先月末までの実績トータルが、まだそこまで酷く見えていないのは、競合他社「ファンキー」が現地でCMに起用しているタレント「ジャッカル・THE・ロンリネス」の不倫スキャンダルがあったとかで一時的に売れなくなって、ラッキーパンチでウチの商品に少し流れたからだ・・・



現地では「ジャッカルショック」と呼ばれて、ちょっとした芸能ニュースになっている。

私は、先日それをGoogle検索で突き止めた。結局、その話は、植野さんから「書かなくていい」って言われてパワポからは消したけど・・・



プロモーションが失敗した事実は消えないし、今回「ファンキー」の販売減少はメーカーの不祥事ってわけじゃないから、別のタレントを起用して新CMを打てば、徐々に回復してくるだろうし・・・

たまたま外部要因で一時的に売れただけなのに、「プロモーションを打った成果」として報告するなんて・・・

こんなの・・・事実と全然ちがうじゃないか・・・



(それに・・・駐在員の新田さんは明らかにドSだし、38歳なのに『若手』って・・・)

(どうでもいいけど・・・)



「・・・お疲れ様、安斎くん! 良かったわね!! 明石さんもご満足されたようで!!」




植野さん、・・・お疲れ様でした。

・・・本当に、あれで良かったんでしょうか???」



「・・・。なぁに?あんた、まだそんなこと言ってるわけ?

いいじゃないの、何も突っ込まれなかったんだから。インドの発表パートなんて、見た?山下のやつ、めちゃくちゃ怒られてたじゃない」



確かに・・・インドチームは発表の途中で、「説明が長い」「あと、顔がむかつく」と怒られて、散々怒鳴られた挙句、係長も若手社員も、その場で正座させられていた。



「でも・・・

別に『怒られなかった』から良い発表だったわけじゃないですよね・・・??」



「安斎君さぁ~、

なんか変なところで真面目よね、あなた。


いいじゃない、あのパワポは、もう今後一生誰の目にも触れないし、これで現地法人の武田社長にも徳永部長にも新田さんにも感謝されるんだから!!

プロモーション完全にミスったの何とか誤魔化せないかって、口裏合わせてんだから大丈夫よ!!」

「・・・。

あの・・・

変なこと聞いてもいいですか?

植野さんは、

この仕事、楽しいですか?





67日目



それは、不意に口をついて出た質問だった。なぜ、そんな質問を唐突にしてしまったのか、安斎は、自分でもよく分からなかった。


「植野さんは、
この仕事、楽しいですか?」



植野ゆみ 37歳 女性
凍恐大学 文学部卒 
ポパイ電工株式会社・海外営業部アジア&パシフィック営業課 係長

新卒入社16年目。「鋼鉄のメンタル」と「オリハルコンの毒舌」を持つ、最強の破壊兵器。

彼女にメンタルを折られ、再起不能になった若手新人は、数え切れない。

私の入社前にうちの部署にいて、植野さんと日々一緒に仕事をしていた遠藤さんという人は、植野さんの愛のムチ(攻撃力255)に耐え切れず、今は病気休職しているらしい。

そんなこんなで、「新人デストロイヤー」の異名を持つ植野さんに・・・

「仕事楽しいですか?」

と聞くなんて・・・


私は、いったい何を考えているんだ?


「安斎君・・・あなたの考えていることも、少しは分かっているつもりよ。

ポパイ電工は、かなり変わった会社だとは思う。

きっと、他の会社から来たあなたは、色んなことに戸惑っているんでしょ。中途入社の社員の中には、やっぱりそう感じる人もいるみたいだし。この会社で、今後のキャリアに対して、悩む気持ちもよく分かるわ。

私も・・・
やっぱり・・・女だからね。


この男性中心の会社で、勝ち抜いていけるわけじゃない。」



植野さんの、いつもとは違う一面を、見た気がした。


「安斎君・・・この会社の管理職の女性比率、何%だと思う?」


・・・。

言われてみれば・・・女性の課長や部長を、この会社で見た記憶がない。。。



「15%・・・くらいでしょうか?」


0.00%よ。

つまり、ゼロ。女性の管理職は、一人もいないのよ。


厳密にいうと、一応会社として女性管理職を作っておかないと、大企業として色々都合が悪いから、無理やり、女性で管理職にさせられた人も過去に何人かはいたわ・・・

でも・・・全員、やめちゃったの」



「全員、ですか・・・? なぜ・・・??」



「なぜって・・・

女性じゃ、オッパブには行けないからね。役員とのコミュニケーションが、取れないのよ。」



なんということだ・・・

高橋課長の迷言「オッパブはコミュニケーション」に呪いをかけられていたのは、私だけではなかったのだ。


ポパイ電工の恐ろしい呪いは、破壊神・植野ゆみの心をも蝕んでいたのだ。(植野さんにも心があったのか・・・)



「でもね・・・安斎君。
こういう考え方も、できると思うの。

私は、女性で、すでに係長。もう、あと何年働こうとも、課長以上に出世するチャンスはない。

逆に言うとね・・・

管理職になって、労働組合から外れて、残業手当や休日出勤手当がつかなくなって、毎日深夜までボロボロになるまで働いて、キャバクラや風俗で、裸踊りや宴会芸をやらされる男共を、私たちは、本部長や統括部長と一緒に見て、手をたたいて笑ってる側なのよ。

ポパイ電工では、女性は『企業戦士』じゃないからね。戦う必要が無いのよ。無理せず、のんびり働いて、この年収。素晴らしいと思わない?

それに・・・『ポパイ電工』で働いているなんて、日本国民全員の憧れでしょ?

マウンティングし放題よ?

この会社で働いてるってだけで、本当に幸せを感じるし、ポパイという日本最高峰の会社が作り上げてきた一流の企業文化、エリートであるポパイ営業の超一流の仕事術や、最新の技術に触れることができるなんて、毎日、刺激的よね。

仕事が楽しいかって? 楽しいに決まってるじゃない。


私の人生、毎日がポパイ色なのよ。


この会社で働けるってだけで幸せだと、あなたも思わないとダメよ?



「・・・はい。」

何とも言えない気分だった。



とりあえず、一つだけ、強く思った。

自分の人生は、「毎日がポパイ色」にしてはならない、と。

68日目



夜中に、いきなりLINEが入った。

もう何か月も会っていない、「彼」からだった。


LINEの送り主は、香水をつけた美女などではなく、同期の深田。3か月前、中途入社1年目にも関わらず、海外トレーニー制度に抜擢され、ポパイ電工・ロンドン事務所で働いている、深田。


正直言って、彼がうらやましい。

ロンドンでの仕事がどんなかは知らないけど・・・ヨーロッパで暮らせるのも、海外経験を積めるのも、なんかカッコいいし、履歴書にも箔が付きそうだ。


「おう、元気か?深田。どうだ?ロンドンでの仕事は?」


なぜか、LINEの返事は、返ってこなかった。


夜も遅いし、安斎はそのまま眠りについた。



・・・。



翌朝、目覚めると、LINEが届いていた。


「俺、もうダメかもしれない。

海外に来ても同じだった。やってるのは接待と雑用だけだ。
ロンドンにいても、パワポを毎日500枚作ってるだけだし、駐在員の先輩たちは、風俗のことしか頭にない。

この会社は、ヤバい。
早く日本に帰りたい。

辞めたい」



ロンドンにいる深田からの、悲痛な叫びだった。


彼が、可哀想に思えてきた。

「チャンスだ」と思って行ったロンドン。そこで彼が見たものは、日本と同じ「ポパイ」だったらしい。




安斎は、昨日の植野さんの言葉を思い出していた。

私の人生、毎日がポパイ色なのよ。

この会社で働けるってだけで幸せだと、あなたも思わないとダメよ?


植野さんは、新卒入社16年目。言わずと知れた有名大学、凍恐大学を現役で出ていて、英語もペラペラ、頭の回転も速い。

そんな優秀な人が・・・

頭の中までポパイ色に染まりきって、完全にポパナイズされてしまっている。

このままだと・・・

深田も、私も、いずれはポパナイズされてしまうのではないか・・・

不安は、徐々に恐怖に変わっていった。


明日は、地獄ビール株式会社の二次面接か・・・面接対策しないとな・・・

はぁ・・・こんな暗い気持ちで、内定なんて、もらえるのかな・・・??



安斎は、暗く暗く沈んでいく気持ちを、なんとか奮い立たせて、面接の準備のため、いつものスタバに向かうのだった。



69日目


地獄ビール株式会社。ここ5年くらいで流行りだした、いわゆる「クラフトビール」製造企業の1社だ。

社員数100人程度の小さな会社ではあるが、実は国内最大手「マンモスビール」の子会社で、経営基盤はしっかりしている。もともとはマンモスビール本社の新規事業として立ち上げた社内スタートアップだったが、2年前に100%子会社として独立、現在は、無数に乱立するクラフトビールメーカーの中でも国内3番手の存在感を示している。

赤坂見附駅の近く、地獄ビール東京オフィスでの2次面接を終えた安斎は、すぐ近くのカフェに入って、iPadを取り出した。

最近は、面接が終わった後、すぐに、聞かれた質問、自分がどう答えたか、面接官の雰囲気はどうだったか、などを覚えている限り、すべて書き出してメモを残しておくようにしている。色々な会社の面接を受けていると、記憶が散らばりがちだし、たった今受けた面接の記憶や印象も、明日には徐々に薄れていってしまう。

今日の面接を振り返り、次回の面接対策をするためでもあるが、

いま受けている会社がポパイのようにヤバい会社ではないかどうかを、慎重に判断するために、

直感的に気づいたことや、会社に対して持った印象は、些細なことでも忘れないようにメモを取っておくのだ。




今日は、この後は昼食を軽く取ってから、午後は出勤する予定だ。「朝から体調が悪いので午前中は休む」と会社には連絡してある。

本当は仮病なんて使いたくないが・・・ポパイ電工は、表向きは「フレックス勤務制」なものの、実際には、フレックスを使うためには事前に「上司の許可」が必要で、その許可は、過去に一度も下りたことが無く、万が一、毎朝8時からの「ラジオ体操」と「社訓斉唱」に遅れると、その日、1日の仕事が「トイレ掃除」になるというシステムで、

かつ、有休を取ろうとしても、ポパイ電工には、「企業戦士たる男子諸君には有休を取る権利など無い」という鉄の掟があるため、仮病を使う以外に、面接に行く方法が無いのである。


うーん・・・

一通り、メモを取り終えて、安斎は、考えを巡らせていた。


地獄ビール株式会社。カスタマー分析を基にした新しいビールの商品開発の仕事か。仕事の内容は面白そうではある・・・


しかし。。。今日出てきた人事部長の話によれば、年収は450万円からスタート。「次期リーダー候補」とか言っていたが、実際は、ただの「平社員」なのは間違いない。

住宅手当なども、一切なし。福利厚生の自社製ビールの購入割引は非常に魅力的だが・・・

「うちの会社は、親会社などに比べると給料はあまり高くないですが、自分でビジネスを立ち上げていく『やりがい』がありますし、小規模なベンチャー企業での経験は『圧倒的成長』に繋がるはずです!!」


うーん・・・絵に書いたような「やりがい搾取」じゃないか・・・

しかも、気になったのが・・・最後に人事部長が言っていた、あの言葉


他社が作るビールなんてね、本物のクラフトビールじゃないんです。うちの会社が作っているクラフトビール以外は、全部まがいものなんですよ

これは、面接の最後に、こちらから質問した、「最近、大手ビールメーカーからも次々にクラフトビールが発売されていますが、この業界の動きについてはどう考えていらっしゃいますか?」という内容に対する答えだったが・・・安斎は、この回答に、大きな違和感を感じていた。


自分たちのビールだけが「本物」で、他は全部「まがいもの」だと・・・??



違う。そんなはずがない。

ビールは、神が人類に与えた、「聖なる飲み物」だ。


黄金色に輝く、エターナルフォースだ。万人の心を解き放つ、自由の翼だ。



世界中の多種多様なビールに対するリスペクトの無い「思い上がり」は、きっと・・・身を滅ぼすことになるぞ・・・



安斎は・・・酒を愛していた。


ビールを愛していた。

ウィスキーを愛していた。

ストロング系の酒を愛していた。


「好きを仕事に」というのも、なかなか難しい。好きだからこそ、こだわりがあるからこそ、納得のできないこと、理想と現実との乖離に悩まされて、結局、仕事を嫌いになってしまうんじゃないか?


ビールが好きだから、この会社の面接を受けたはずなのに・・・ビールが好きすぎるために、安斎は、この会社に疑問を持ち始めていた。


この会社も、ちがうのかもしれない。。。


安斎の、27歳での2度目の転職活動は、まだまだ「終わり」が見えては来なかった。




70日目


地獄ビール株式会社の選考は・・・結局、二次面接の結果が出る前に、こちらから辞退した。

企業の姿勢に共感できなかった、というか、ミュージシャンが「音楽の方向性」の違いでバンドを解散するように、私は「ビールの方向性」の違いで、地獄ビール株式会社とは袂を分かったのである。


仮にメジャーデビューしても、自分の信じる「音楽」を世界に届けることができなかったら、意味がない。

そんなミュージシャンと同じように、仮にビール業界に転職したとしても、自分の信じる「泡とホップ」を世界に届けることができなかったら、意味がない。

そんな想いだった。「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングの気分である。

 


一体何を言っているんだ、私は。


何だ、「ビールの方向性の違い」って。今すぐライアン・ゴズリングに謝った方がいい。


安斎は・・・疲れていた。

4カ月ほど前に始めた、転職活動。全部で25社くらいに書類を出したが・・・書類選考を通過した3社のうち、1社は、最終面接で不合格となり、残り2社は、途中で辞退してしまった・・・


もう、応募中の企業は無い。

これが・・・NNT(無い内定)という奴か・・・

30歳手前のくせに、就活生の若者言葉を使おうとする安斎。

いや、もっと言うと、この原稿を書いている中の人はもうすぐアラフォーだと言うのに。


そんなことは、どうでもいい。


「ビールの方向性」なんてアホなことを言っている場合じゃないぞ。

マズい・・・このままだと転職できない。


でも、、、


私は、ポパイ電工を辞めて、

一体何がしたいのだろう??



ポパイを早く辞めたいという気持ちは本物だが、じゃあ、自分は何を求めているのだろう?


ポパイのように、一気飲み土下座ゴミ拾いトイレ掃除をさせられる会社は嫌だけど・・・

ひよこリスペクトに転職して、また中国に戻るのも嫌だ・・・

地獄ビール株式会社で、自分のビール愛が壊れていくのも嫌だ・・・


なんだ?私はワガママを言っているだけなんじゃないか?



そんな気さえしてきた。


・・・。



家に帰って、テレビをつけると、

ポパイ電工の新しいCMが流れていた。



「君の瞳に 
とろけるほどのTKGをぶちまけたい。」

TKG最新モデル 『トロピカル』8月発売。


いつも、あなたを見つめてる。

ポパイ電工。



カッコいいなあ・・・ポパイのCMは。

旬の芸能人と、最新のアーティストの楽曲を使った、クールで洗練されたTVコマーシャル。



私が日々やっている仕事は、エクセルの単純作業や、雑用や、意味のない資料作りだけ。

自分が、この会社の社員だなんて、全然実感が湧かない。


自分の会社のCMを見ているはずなのに、どこか遠い世界のように感じた。


71日目



通いなれた、自宅マンションから最寄り駅のスタバ。


「今日も早いですね!お勉強?お仕事かな?・・頑張ってくださいね♪♪」

いつもの店員さんが、やさしく声をかけてくれる。


毎朝、笑顔で声をかけてくれるところを見ると、恐らく、

この可愛い店員さん私に惚れている

のだと思われるが・・・


すまない。私には、愛する妻がいるんだ。


そして・・・私が毎朝このスタバでノートを開いて一生懸命やっているのは、

勉強でも、仕事でもない。「転職活動」なのさ。

なにせ、私の「仕事」っていうのは、エクセルのコピペ作業と、無駄にパワポを1日200枚くらい作ることだからね。


そんな仕事に、嫌気がさして「転職」をしようとしているのに、全然、「内定」が出ないんだ。


NNTなんだ。

カッコ悪いだろう?

笑ってくれよ。
こんな私を。ハハハ・・・




「そんなこと、ないですよ。

安斎さんは、素敵です!」



そう言われた気がして、


「いや、私には妻が・・・」と顔を上げると、そこには、誰もいなかった。

ついに、安斎の「こころ」は、本格的に壊れてきていたのだ。


以前から、「あいつはイカレてる」と周りに言われ、それを「誉め言葉」だと受け取ってきた安斎ではあったが、ポパイ電工で働く「精神的ストレス」により、ついに、本格的にイカレ始めていたのである。


本当は、今日は、次に、どの転職エージェントを利用して、どんな業界企業に絞って求人を探すべきかを、じっくり考えようと思って、朝早く家を出てきたのに・・・

スタバの窓際の席に座って、ボーっとしたまま、

15分が過ぎ・・・

30分が過ぎ・・・

「あっ・・もうこんな時間か。会社に行かないと・・!!


ラジオ体操が始まっちゃう」


開いたノートは真っ白のまま、何も書かれていない。コーヒーも、一口しか飲んでいない。

結局、今日の朝の時間を、完全に無駄にしてしまった・・・

「転職活動」とは、自分のモチベーションとの闘いでもある。

1-2カ月ですぐに内定が出る人は、ほとんどいない。

何か月、下手したら何年かかるか分からない、終わりの見えない闘いの中で、途中で心が折れてしまい、転職活動をあきらめて会社に残る人も、世の中にはたくさんいる。


転職活動を始めて4カ月・・・

やはり、20代で2回目の転職、入社して半年以内の転職という条件が厳しいのか、明らかに活動が行き詰っているのを、安斎は、ひしひしと感じていた。

感じていたが、それをどうすることもできない自分がいた。



「ポパイ最高!!」

「ポパイ最高!!」


「ポパイは世界一の会社!!」

「ポパイは世界一の会社!!」


「ポパイに人生、捧げます!!」

「ポパイに人生、捧げます!!」




「以上!!本日も、よろしくお願いします!!」


「よろしくお願いします!!」



会社に出社し、いつもの「ラジオ体操」「社訓斉唱」を終えた後、安斎は自分の席に着いた。



「ふう・・・今日も仕事するか。。」



この毎朝の洗脳にも近い行動を、習慣として強制され、順調にポパナイズされ、純度100%のポパイ社員への道を歩んでいることに、安斎は、徐々に、鈍くなっていた。




「安斎君、ちょっといい?」


「はい、植野さん。」


「来週から、あなた・・・

『ポパ活』のメンバーに入ってもらうことになったわ。」



「・・・??

『ポパ活』???


72日目



・・・え?今、植野係長は何とおっしゃられたんだ??

「ポパ活」と聞こえたが・・・


一体何だ?「ポパ活」って??

全く意味が分からない。



もしかして「パパ活」と言ったのか?

しかし・・・その辺の男たちなんて束になっても敵わない、「恐怖の象徴」植野さんが、「パパ活」なんて言葉を発するだろうか?


「パパ活」

パパ活とは、経済的に余裕のある男性と一緒の時間を過ごし対価として金銭を得る活動のこと。

経済的な援助をしてくれるパパのような存在のパトロンを探す活動という意味で、2014年にSNSを発端に語感の良さからパパ活という単語が広まった経緯がある。

(中略)

パパ活では服装が重要で、男性は外食を一緒に楽しめる娘を求めるため、服装が派手で水商売を連想するような格好だと敬遠される。清楚系の服装ナチュラルメイクを意識して着飾ると好印象と言われている。

「Weblio辞書」より抜粋。 https://www.weblio.jp/



「ポパ活」??
「パパ活」??

私が、来週からそのメンバーになるって?


「メンバー」と言われても・・・

「センター」なのか、
「神7」入りなのか、
「研究生」なのか
で話は変わってくる。


確かに、私は、清楚系の服装ナチュラルメイク(というかノーメイク)だが・・・


「植野さん・・・その、おっしゃられているのは・・・私が中年男性の『パパ』を見つけてデートをして『お手当』をいただくとか、そういう話なのでしょうか?あの、私には、妻がおりまして・・・



ハァ!?

安斎君、何をバカなことを言ってんのよ!?誰があんたなんかとデートしたいって言うのよ?

私が言ってんのはね、『ポパ活』よ!!


『ポパイ理念推進活動』!!」

「ポパ活」

ポパ活とは、若手の新人社員がグループで一緒の時間を過ごし、ポパイ電工の理念に基づき特定のテーマで業務改善活動に取り組むことで、経験として「ポパイ電工の社員としてのプライドと行動指針」を得る活動のこと。

正式名称は、ポパイ理念推進活動

ポパイ社員として今後の人生を誇りを持って生きていく上で、自分の未来をつくる「光」となるような存在の「ポパイ」に人生を捧げる活動という意味で、1932年頃から、ポパイ電工創業者・法蓮草珍助の教えを社員一人一人の脳髄と心身に深く深く刻み込むために広まった経緯がある。

「ポパイ電工(社外秘)ポパイ理念推進活動のススメ:はじめに」より抜粋。



「若手の新人はね、入社した年の最初の夏に、『ポパ活』に勤しむことで、『自分の殻』を破って成長して、ポパイ社員として一人前になるのよ。

そう・・・夏の終わりに、セミが成虫になるようにね。」



セミの成虫だと・・・『自分の殻』を破っても、1週間でご臨終しちゃいますけど・・・

「・・・うるさいわね!!

何だっていいのよ! ここで死ぬぐらいの気合でやりなさいよ!!

「は、はいぃぃぃ!!!」


相変わらず、植野さんは怖すぎる

恐らく、宇宙最強の戦闘民族だ。



「・・・というわけでね、アジア&パシフィック営業課の今年の『ポパ活』メンバーは、安斎君と、佐藤くん、あと、清水君今村の4人。もともとは遠藤も入る予定だったんだけど・・・あいつ、根性なしだから、まだ病気休職してるでしょ?

それで・・・4人で1チームだから安斎君は来年に回しても良かったんだけど、急遽、数合わせってことよ」



「・・・。

・・・はい。来週からですね。

具体的には・・・何を・・?


「来週、今村あたりから、キックオフミーティングの案内が来るわよ。

忙しくなるわよ。


あ、ちなみにだけど・・・『ポパ活』は、社員の自発的な『自己啓発』って扱いになるから、業務時間外にやるのよ。

朝の8時より前か、夜6時以降にね。もちろん残業代とか、つかないから、勤怠管理の入力間違えないでね」

「・・・・・へ??



73日目



「えっと・・・それは、つまり・・・『ポパ活』は仕事ではないということですか?」


「ええ。そうよ。仕事じゃないから、業務時間中にやるのはNGだし、『ポパ活』を何時間やっても残業代は付かないわ。自己啓発だからね。自主的にやってるんだから、当然よね?」


「ということは・・・参加は個人の自由で、断ってもいいということですか?」


「そんなわけないでしょ。

あなたは強制参加よ」



「・・・・はい。失礼しました。」


どういう理屈かは全く分からないのだが・・・「ポパ活」は強制参加でありながら、自主的にやっている業務外活動という位置づけらしく、業務時間外の早朝もしくは終業後の夜の時間帯にやる必要があり、いくらやっても「無給」らしい。


やりたくない・・・


これでは、最近行き詰まっている「転職活動」に充てる時間がますます減ってしまうし、もし早朝にミーティングなどを入れられてしまったら、毎朝通っているスタバの可愛い店員さんに会えなくなってしまう。 自分を高める為の毎日のルーティンである「朝活」ができなくなってしまう。


しかも・・・『ポパ活』だって??

「業務改善活動」って何をやるって言うんだ?

エクセルのマクロも組めずに1万回もコピペしている会社が・・・

コストがかかると言ってモニターも買わない会社が・・・

「効率化なんてしちゃったら仕事がなくなる」と平気で言う会社が・・・


業務改善だと?できるもんなら、やりたいよ。

徹底的に、この会社の腐ったところを叩き直して、「ポパイ電工」を叩き潰してやりたいよ。


でも・・・「改善」なんて、できないんだ。この会社は・・・何をやるにも「社内接待」「進撃のパワポ」が必要なんだ。

「ポパイ電工」は、もう手遅れだ。誰にも、直せない。

『ポパ活』の業務改善って・・・

一体何をやるって言うんだ・・???



納得できないまま、安斎は翌週の「キックオフミーティング」に参加した。

業務時間外、夜7時からである。



「安斎君は、初めてだね。『ポパ活』は・・・」


「はい。」


「若手新人社員が集う、年に一度の『ポパイマン達の祭典』である『ポパ活』は、ポパイマンシップに則り、正々堂々と実力を競い合う真剣勝負

そして・・・
部署対抗だから、プライドとプライドのぶつかり合いでもある。管理職たちのね。

どのチームの若手が最も素晴らしい『業務改善提案』をして、本部長や専務、常務、社長から誉めてもらえるか、という熾烈な戦いなんだ」



「・・・はい。あの、よく分かってないんですが・・

『業務改善』なんて、そんなに簡単に私たちだけでできるものでしょうか?うちの会社、若手の意見なんて聞いてもらえないんじゃ・・・」



もちろん、できるとも。ポパイは、素晴らしい会社だ。社員の真剣な声には、いつだって耳を傾けてくれる」


と、この中で最年長の清水さんが言う。

3歳くらい上の先輩で、中途採用だが、見事に純度100%までポパナイズされている人だ。「調教済み」というやつだ。


「というわけでね・・・実は業務改善の『テーマ選び』が、すごく重要なんだ。

どんな鋭い問題意識を掲げるかで、勝負は大部分が決まる。そこでだ。俺は、今年のテーマは『ゴミの分別』がいいんじゃないかと思ってる」



「・・・・。・・・。それは・・比喩か何かですか?

工場の産業廃棄物をどうやって減らすかとか、そういう・・・」


ちがうよ。安斎君。うちのフロアの自販機の前にあるゴミ箱さあ、よく『燃えるゴミ』の中にが混じったりしてるだろ?あれを改善できないかな、って!!」


「・・・。それ・・・業務改善ですか?」


「おうよ!工場の廃棄物なんて、俺たちにどうにかできるわけないだろ?俺たち若手に期待されてるのは、こういう小さいようで実は大事な、職場環境の改善なんだよ!


ちなみに・・・アメリカ営業課のやつらは、今年は、この海外営業部フロアに『ボスカフェアンバサダーを設置する』というテーマで勝負してくるらしい。

あっちには去年、全国大会までいった経験を持つ、流川と仙道がいるからな・・・ちと手強いぜ。。。」



「・・・え!?全国大会とかあるんですか??」


「当たり前だろ?この『ポパ活』で、俺たちが出場する予選は、激戦区の『本社ブロック』だ。

8月の予選を勝ち抜いたチームだけが、9月の全国大会に進み、そして全国の工場や地方営業所の予選ブロックを勝ち上がったチームの中から日本代表が選ばれて、11月の世界大会に出場する。

通称『ポパリンピック』だ。優勝者は、ラスベガスで1カ月遊んで暮らせる

そろそろ勘弁してくれないか・・・意味不明な情報が多すぎる・・・

もうお腹いっぱいだぜ・・・


74日目



これは・・・
もはやファンタジーだ。

「ポパ活」。

正式名称「ポパイ理念推進活動」は、部署対抗で4人1組の若手社員が競い合う「業務改善活動」であり、いかに素晴らしい業務改善ができたかを、上級管理職や役員から構成される「ポパ活審査委員会」が評価し、その合計点数を競う大会である。

毎年、7月上旬に結成された各チームが、8月の一次審査会までにパワポを1,000ページ用意し、1チームあたり2時間半のプレゼンテーションを行う。パワポの美しさも「ビューティーポイント」として加点の対象となる。

この8月の一次審査は「予選」であり、東京本社ブロック、神奈川倉庫ブロック、大阪営業支店ブロック、仙台工場ブロック、など全部で24の「予選ブロック」を勝ち上がった24チームで、9月には東京本社にて「決勝トーナメント」を行い、

最後に残った1チームがファイナリストとして、「世界大会」に出場する。

ポパイ電工はグローバル企業。世界各地に何万人という社員がいる。「ポパ活」は、日本のみならず、海外現地販売子会社や海外工場でも、「POPAKATSU」と呼ばれ同様の予選大会を行っており・・・

11月には世界中の各予選を勝ち上がったファイナリスト達が、アメリカ合衆国・シカゴのポパイスタジアムに集い、


「ポパ活」世界一を決める最終トーナメント、通称:ポパリンピックでその腕を競い合うのである。

日本国内トーナメント、一次予選東京本社予選ブロック、Bグループに属する、我々「海外営業部・アジア&パシフィック営業課」の今年の業務改善テーマは、ゴミの分別

日々、我々のオフィスでは、お茶のペットボトル、ティッシュペーパー、メモ用紙、おにぎりの包み紙など、たくさんのゴミが、フロアの端にある自動販売機スペースの横のゴミ箱に捨てられている。

そのゴミ箱をのぞくと・・・

たまに、「燃えないゴミ」紙くずが入っていたり、「燃えるゴミ」の中に空き缶ペットボトルが間違って入っていたりと、重大な経営リスクが顕在化している状態だ。

この経営課題に対する、ロジカルかつリアリスティックなソリューションを見出し、そのソリューションを1,000枚程度のパワポにまとめるのが、私たち4人に与えられたタスク。

ちなみに・・・東京本社ブロックで「決勝進出の最有力候補」と言われるアメリカ営業課が取り組むテーマはというと・・・

我々のオフィス内、自動販売機で売っている缶コーヒーは不味いが、一方で、12Fの社員食堂横のカフェでコーヒーを買うと150円というコストが発生するため、「いかに安くて美味しいコーヒーを仕事中に飲むか」というシビアな経営課題に対して、「ボスカフェアンバサダーと契約する」という次世代のソリューションを提示するらしい。


・・・。


何を言っているか分からないかもしれないが、私も自分が何をやっているのか、さっぱり分からない。


にわかには信じがたいかもしれないが・・・これは、妄想やファンタジーではない。

完全にガチである。

小学生の課外授業ではない。


ビシッとスーツを着た大手有名企業アラサーのサラリーマンたちが、毎日、夜遅くまで会社に残って必死で取り組むガチ中のガチの活動なのである。

(しかも、無給で。)




安斎にとっては、まさに試練の時であった。

「ポパ活」「就活」の両立をして、転職先の内定を勝ち取らないといけない。

なるほどな・・・現職の仕事を続けながら転職活動をする大変さが、身に染みて分かってきたぞ。これが・・・転職活動の厳しさか。


75日目


そこから、安斎にとっては地獄のような長期戦が始まった。朝は、スタバで「朝活」、夜は、会社に残って「ポパ活」、そして、夜中寝る時間を削って「転職活動」

「おい、安斎!!パワポは何枚できたんだ?」

「清水さん、まだ・・340枚くらいです。。。」


「くそ、まだそんなもんか・・・

ポパ活は、さすがに厳しいな。普段の会議なら200~300枚くらい作ればいいのに」



いや・・・

あの、普通の会社はパワポなんて20ページくらいのもんだと思いますけど・・・



「情報が・・・足りない・・・!!!

安斎、佐藤、お前ら、10Fから25Fの全フロアを回って、ゴミ箱からゴミをかき集めてこい!!



「ゴミを・・・ですか?」



「そうだ。総務部にもらった資料じゃ足りないんだ。

ゴミ箱を漁って・・・『燃えるゴミ』に間違って入った空き缶とかプラスチック容器とか、どのくらいの分別が間違っているか、俺たちで手でゴミの仕分けをして、フロアごとに誤謬率を出して徹底的に分析をするんだッッ!!!」


「ゴミ箱を漁るなんて、そんな・・・ホームレスみたいなマネ・・・」

「安斎!!神は・・・細部に宿る。


その、清水さんのドヤ顔を見ながら、安斎は思った。


私は・・・こんなことをしている場合じゃないんだ。


転職活動が、あるんだ。

来週は、ファブレスメーカーのベンチャー企業「ペガサス」の二次面接、再来週は、観光業界の新興ITプラットフォーマー「ジャングルジンギスカン」の一次面接を控えている。

最近は、書類選考も全然通過しなくなって、にっちもさっちも行かず、少し応募企業のスコープを広げたところだ。

やっと・・・面接まで漕ぎつけたんだ・・


しっかり対策をしないと、また面接で失敗して、転職活動がいつまで経っても終わらなくなってしまう。



ハア・・・「二兎を追う者は一兎をも得ず」とは、よく言ったものだ。ポパ活も全然終わりが見えてこないし、転職活動も、最近はさっぱりだ。

いや、「二兎を追う」って、私は別に「ポパ活」は自分で追っているわけではないのだが・・・


そんな、やりきれない思いを抱えながら・・・

とにかく、やるしかない。

と、安斎は、眠い目をこすって、企業分析と業界分析を始めた。


今日はポパ活で会社に23時まで残っていたから、自宅に着いた頃には深夜0時を回っていて、妻はもう寝室で眠りについていた。


このままポパイ電工にいたら・・・会社中のゴミ箱を漁ってパワポを何百枚も作っているうちに、妻と過ごす時間さえ無くなってしまう毎日だ。

家族との生活を守るためにも、私は、ポパイ電工に染まるわけにはいかない。

転職するんだ・・・!!


安斎は、実は、気づいていた。気づいていたけど、気づかないふりをした。


自分の努力が、明らかに空回りしていることに。



76日目


その翌週、気合を入れて臨んだ面接は・・・何の結果も生むことはなく、ただ時間だけが、過ぎていった。


8月4日。ファブレスメーカーのベンチャー企業「ペガサス」の二次面接。

創業してまだ数年だが、最近よく名前を聞く、勢いのあるスタートアップだ。ワイヤレスイヤホンや、「アレクサ」と呼びかけるスマートスピーカーなどをOEMで作っている。

オーディオ業界のことはよく知らないが、ガジェット・家電好きの自分には、もしかしたら合うかもしれない、と。そう思って、応募してみた企業だ。


先月、一次面接で、いきなり社長が出てきた時は驚いた。

さすがは急成長するベンチャー企業という印象で、いかにも「この人、頭良いんだろうなあ・・・」という、超早口で意識高そうな言葉をしゃべりまくる高学歴エリート社長に、若干ついていけない感じはしたが・・・。

なぜか私は一次面接を通過して、今日、この二次面接に来ている。



「やあ。よく来たね。社長から話は聞いているよ。僕は営業本部長の渡部。ゴホン、この会社の・・・取締役でもある。」


そう言って、渡部と名乗る同い年くらいの若い「取締役」は、ドヤ顔で私に名刺を渡してきた。

面接を受けに来た人に、わざわざ名刺を出す人はあまりいないが・・・口振りからして、自分の「取締役」という肩書が大好きなんだろうな。


「わが社『ペガサス』は、知っての通り日本有数のユニコーン企業だ。ファブレス製造業とフィンテックという2つの事業を両軸に、シナジーを生み出す戦略を基盤としている。我々はこれを『ケンタウロス経営』と呼んでいる。」


ペガサスとかユニコーンとかケンタウロスとか・・・

馬がたくさん出てきて、訳が分からないぞ。



「フフ。経営者の僕の考え方は、ちょっと一般の人には分かりづらいかな。例えばだけど・・・スピーカーに『アレクサ!』って呼びかけるだろ?この時・・・」



その時だった。

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

・・・。

会議室の窓際の棚、ショールームのように、きれいに展示された10台以上のスマートスピーカーの中に眠っていた、「アレクサ」が、一斉に喋りだしたのだ。

自分自身の「アレクサ!」という掛け声に反応した10台以上のアレクサの返事に、びっくりして戸惑う取締役・営業本部長。


「アレクサ!止まれ!

ア・・・
アレクサ!! 止まれ!!



止まるんだッ!!」


「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

・・・。


「クソ!! こいつ!電源を抜いてやる!!

ブチ、ブチ、ブチブチブチッ・・・」



「はぁ、はぁ・・・どうだ、これで。アレクサ」


「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

「スミマセン、何ヲ言ッテイルノカ、ワカリマセン。」

・・・。




「な・・・何!?止まらない!?

アレクサ!!黙れ!!黙るんだぁぁ!!」




そりゃ、そうだ。最近のスピーカーは全部バッテリー充電式だ。

電源ケーブル抜いたって止まらないよ。

私は、いったい何を見せられているのだろう?


正直、この面接の記憶は、アレクサに翻弄される「取締役」の姿しか覚えていない。


ともかく・・・明らかに、この会社は「無い」。完全に・・・時間を無駄にしてしまった。。。

なぜ、こんなことに・・・


ポパイ電工を、早く辞めたくて仕方なくて、手あたり次第いろんな会社に書類を出してしまったのが、良くなかったのだろうか。

毎日、睡眠時間を削って、心身共にボロボロになりながら転職活動を続ける安斎は、このとき、「焦り」と「ストレス」で、自分を見失っていた。


77日目


続いて挑んだ別の会社の面接でも、安斎は苦い経験をすることになる。

8月10日。観光業界の新興ITプラットフォーマー「ジャングルジンギスカン」の一次面接。


世間がお盆休みに入る前に、なんとか転職エージェントにお願いして、滑り込みで面接の日程を調整してもらった。

安斎は、焦っていた。

転職活動を、慎重に確実に進めないといけないことは分かっていたが、「ポパ活」に時間を奪われ、もう何週間も転職活動に集中できず、全く結果が出ていない状況に、苛立ちを隠せずにいた。


「ジャングルジンギスカン」は、ユニークな旅行予約サイトを運営するIT業界のベンチャー企業で、少し前に大手旅行会社に買収された。

経営体制は少し変わったものの、ベンチャー企業の自由な社風は残っている印象だったし、旅行好きの安斎は、きっとポパイ電工の仕事よりも興味を持てるのではないかと思っていた。



今日は一次面接。まだ私はスタートラインに立ったに過ぎない。


ここで、良い第一印象を作れるかどうかが、重要だ。

よし・・・練習通り、全力を出し切ろう。

そう・・・
思っていたはずなのに。。。


ところで・・・安斎さん、ポパイ電工は、日本を代表する会社ですし、きっと素晴らしい環境だと思います。入社して、まだ1年以内のようですが、なぜ転職を考えていらっしゃるのですか?」


「それは・・・実は、先日上司に『オッパブについて来ないのなら、お前は地方に飛ばす』と言われまして。。。オッパブ強要ハラスメントを受けているんです。

私の今の職場では、あまり業務では差がつかないので、宴会芸やキャバクラや風俗でアピールしないといけない環境なんです。しかし・・・」


「ゴ・・ゴホンッ!・・そうですか。その話は、もう大丈夫です。

では・・・今後働く会社は、どんな会社が望ましいとお考えですか?


そうですね・・・

次の会社は、『ゴミの分別で全国大会』とかが無い会社がいいですね」

(一体何を言ってるんだ、こいつは?)


面接官の私を見る「目」が、そう言っていた。



私自身も、自分が一体何を言っているのか、よく分からなかった。


安斎は、疲れていた。疲れ切っていた。

連日の寝不足で「集中の糸」が切れ、頭がうまく回らず、さっき飲んだレッドブルの効果も薄れて、テンションまで低くなっていたのだ。



「安斎さん・・・

本日は・・・ありがとうございました。。。」




一次面接の結果は、「不合格」だった。

当然だ。あんな「死んだ目」をして面接を受けて、合格するはずがない。



また・・・応募した企業すべて、落ちてしまった。


今のやり方じゃ、ダメなんだと、そう思った。


転職ポータルサイトから、一般公開されている求人に片っ端から応募しても、自分に本当に合いそうな企業は、さっぱり見つからないし、一社一社、面接対策をしようとしても、十分な時間が取れず、結局、面接本番で中途半端なパフォーマンスしかできない。


受ける企業を、ちゃんと見極めて、絞らないとダメだ。


今まで、本当に転職できるのかどうか自信が無かったから、敢えて、大手のエージェントには登録していなかった。


大手転職エージェントに登録すると、基本的に3カ月以内に転職を決めるよう、担当エージェントはしつこく電話をかけてくるようになるし、3か月を過ぎると、エージェントは全く面倒を見てくれなくなる。それを、以前の転職活動で知っていた。


ジョブホッパーになることへの不安もあり、「短期決戦」を望んでいなかった安斎は、大手エージェントではなく、ポータルサイト経由で小規模なエージェントを利用して、数カ月は様子を見ようと思っていた。

転職活動が完全に失敗し、大手エージェントから早々に見切りをつけられるのも、怖かった。まずは、どんな会社に転職できそうか、感触をつかみたかった。


しかし・・・

もう、限界だった。


突然降ってきた「ポパ活」という災害に見舞われ、「長期戦」を戦える体力と精神力は、今の安斎には、無かった。

やはり、「非公開求人」を見ないと、ダメだ。大手エージェントに登録して、あと3か月以内に、この転職活動を終わらせよう。

背水の陣だった。ようやく、「覚悟」ができた気がした。


78日目


国内最大手の転職エージェント「ピクルートエージェント」に登録して、面談の申し込みをする。一刻も早く、転職して次の会社に行こうと、本気を出した安斎。

彼は、「転職活動中」であると同時に、「ポパ活中」でもあった。

今日は8月13日。本来はお盆休みの真っ只中なのだが、安斎は、会社にいる。そう、「ポパ活」のためだ。


今月末には、いよいよ審査委員会へのプレゼンテーションがある。勤怠管理上は「休日」だが、自己啓発活動として、「自発的」に「強制」されている「ポパ活」には、休みは無いのである。

もちろん、給料は出ない。

サービス残業でさえもない。サービス自己啓発活動である。


今年のお盆は、「ポパ活」のために、東北の実家への帰省は見送った。


「なして、今年は、けえってこれねえのだが?」


「うづの会社のな、『ポパ活』っつーのがあるんだで。ばあちゃん」



電話口の向こうの祖母は不満そうだったし、まったく私の話を理解できていないようだったが、仕方ない。

私自身だって、全く理解できていないのだから。



ガチャッ・・


神妙な面持ちで、清水先輩が会議室に駆け込んできた。



みんな・・・大変なことがわかった。

俺たちは、2週間前から、ひたすらビル中のゴミ箱を漁って、『ゴミの分別』をしたよな?

あれ・・・意味なかったかもしれん・・

昨日、今村と一緒に、ゴミ回収の用務員さんにヒアリングをしたんだが、どうやら、最近の焼却炉は性能が上がっていて、プラスチックが混じっていても、問題なく燃やせるらしいんだ。

というか・・・
東京23区では、もう何年も前からこの扱いだったらしい。

プラスチックが混じっていてはダメだというのは・・・俺たちの偏見だった。



「清水さんがおっしゃる通りだ。参考文献も見つけた。」


うちの部署で「ポンコツ」と名高い今村さんが、口を開く。

 

参考文献って・・・これ、小学生向けのサイトですけど。」



「・・・。細かいことはいいんだ、安斎。

・・・くそ!なんでこんなことに!!



「清水さん、、、
でも・・・分別できてなくても特に問題なかったっていうのは、良いことじゃないですか・・・??

環境に悪影響は出ていないってことだし。」


「何を言ってるんだ・・・お前?

バカなのか?『環境』なんて、どうでもいいんだよ。


俺たちの『ポパ活』が・・・まずいぞ・・・これじゃ、今までに練ったアクションプランが台無しに・・・」


・・・。



「なあ、みんな・・・やっぱり、『プラスチックは燃えない』ってことにできないかな?

ゴミを分別しなくていいことにしちゃったら、そもそも、俺たちがやってきたことが全て無駄になってしまう。

俺たちは、アジア&パシフィック営業課の『ポパ活』メンバーという期待を背負っている。期待を裏切るわけにはいかない・・・
だから・・・ゴミは・・・分別しないとダメってことにしよう。



・・・。



いっそ、
この会社を燃やしてくれ。


跡形もなく

焼き尽くしてくれないか。


お盆休みだというのに・・・私は一体何をしているんだ???

こんなことをしている間に、私のキャリアが死んでしまう。


安斎の夏休みは、こうして、跡形もなく、無駄に燃え尽きていくのであった。


そんな時だった。

ある「求人」を見つけたのは。


79日目


大手転職エージェント「ピクルートエージェント」に登録した後、一度面談をした森下さんという女性のエージェントは、なんというか存在感のない人で、あまり頼りになりそうな印象は無かった。

実は、前回の転職活動でも「ピクルートエージェント」を使ったのだが、今まで再登録していなかった一番の理由は、転職エージェントの質がピンキリだから、である。

ピクルートは言わずと知れた大手で、いわゆる大企業なので社員数があまりにも多く、中には、新卒2年目の転職エージェントとかもいるくらいだ。自分が一度も転職活動をしたことがないのに、よく「転職エージェント」なんて仕事ができるなあ、という印象だが・・・

世の中にはビール会社勤務だけど酒が飲めない人とか、自動車メーカー勤務のペーパードライバーとかもいるだろうから、仕事なんてそんなものか、とも思える。まあ、私も一応はTKG業界にいるのに、TKGって自分では今まで1台も買ったことないしな。


こういう「ハズレ」のエージェントを引いてしまっても、大手の場合、求職者側はエージェント個人を指名することなどできない。

しかも・・・この初対面の、たった1時間話しただけの担当エージェントが、翌日から、独断と偏見で選んだ求人票を送ってきて、しつこく電話をかけてくるのだ。

先週、森下さんが送ってきた4件の求人票は・・・案の定、微妙だった。


「森下さん、これ・・・私の希望と全然内容違うんですけど」



「え、そうですか?

一応、製造業の海外営業・マーケティングを中心にご希望に合いそうなものを選んだのですが」



「でも・・・4件全部BtoBの会社ですよね。私、BtoC希望って先日申し上げたと思いますが・・・

お菓子工場でお徳用ドーナツに穴をあける機械のメーカーとか、

水族館のペンギン専用の水槽の循環装置を作っているメーカーとか・・・

正直、あまり興味が持てそうにないです。」


「そうですか・・・でも、あまり選り好みすると、転職するの難しくなっちゃいますよ?

安斎さん、20代で2回目の転職ですし、残念ながら市場価値もそれほど高いとは言えないので・・・ 内定の見込みのある企業は、かなり絞られます

あ!これなんて、どうですか?

一応BtoCですよ。自転車メーカーの下請けで「呼び鈴」を作っている会社です。あの『チリンチリン』って鳴るものですね。自転車ベル業界の最大手『バルサミコス産業』カンボジア担当営業ってポジションがあります」


「・・・。ちょっと考えさせてください。あと、自分でもデータベース検索で探してみます」


「お返事、お早めにお願いしますね!9月を過ぎると求人減ってきますから、今が勝負ですよ!」



前回の転職活動の時は、担当のエージェントは「6月が勝負」とか言ってたから、こういうの全部、適当な方便なんだろうなあ・・・と思いながら、

PCを開いて、「ピクルートエージェント」の会員用サイトにログインし、求人データベースにアクセスする。


ピクルートに会員登録したことにより、転職エージェントからの紹介を待つだけでなく、自分で非公開求人の条件検索をすることができるのである。

ただ求人が送られてくるのを待っているだけだと、エージェント側の都合に振り回されたりもするだろうし、以前、ピヨ澤さんが言ってたような、


ブラック企業だと分かっていても、人材紹介すればエージェントは儲かるから、求職者には優良企業だと言って勧める

という場合も、実際にあるに違いない。


そう思って、先日から、『ピクルートエージェント求人検索データベース』で100件以上の求人票を眺めていたのだが・・・



ついに、見つけた。


それは、ビート・チック・サタデーナイトフィーバー株式会社の求人だった。

通称「ビーチク」。私の前職である株式会社L&Psと同じ、オパンティー業界の中堅企業だ。


募集要項を見ると・・・

・同業界または近い業界での商品企画経験3年以上

・海外実務経験3年以上(駐在経験者歓迎)

・ビジネスレベルの英語(TOEIC800点以上)

・中国語ができる方、歓迎


何ということだ・・・

こんなことがあるのか。


まるで、私の為にあるような求人じゃないか・・・


80日目


転職活動とは、辛く、長い戦いだが、もしかすると・・・自分に強く「マッチング」する求人を奇跡的に引き当てた時点で、実は勝負の9割は、ついているのかもしれない。


以前働いていた、特定の業界での商品企画経験、海外営業経験、そして・・・英語と中国語。まさか募集企業側、「ビーチク」の人事も、これらの条件が全部そろった人材が現れるとは思っていないだろう。

この内容なら、私ほどの「適任者」はいないはず。

確実に、内定がもらえる。

そんな風に思えるくらい、私にぴったりの求人だった。前にいた業界に戻ることに多少の懸念はあったが。。。

ずっと行き詰まっていた転職活動に、一筋の光が見えた気がした。


そして・・・「ポパ活」も終盤戦だ。



お盆休みまで返上して資料を作り、事実まで捻じ曲げて、私たち4人の若き「ポパイマン」たちが取り組む、そのビジネス課題は、

「会社のゴミ箱の、燃えるゴミの分別」。

この1カ月、本当に色々なことがあって・・・

ゴミと間違えて会社を燃やしそうになった安斎であったが、

ようやく活動も一段落し、来週の、一次審査でのプレゼンで、区切りを迎える。



うちの部の前原部長も、非常に満足気だった。


「諸君・・・『ゴミの分別』とは、良いテーマだ。特に、自分たちで会社中のゴミ箱を漁った泥臭い姿勢が素晴らしい。

こういうド根性エピソードは、役員の皆様に猛烈に『大変だった』感を出してアピールすれば、きっと響くはずだ。ゴミまみれの君たちは素敵だよ。フフフ。

一次審査を通れば、来月は全国大会だ。期待しているよ、君たちぃぃ!!」



・・・。

全国大会になんて、行くわけにはいかなかった。

さっさと負けたかった。


もう「ポパ活」を、続けたくなかった。


だから・・・

私たちの部署、アジア&パシフィック営業課で、

「昭和最後のポンコツ」
「ポパイの歴史上最大の汚点」

と呼ばれる今村さんを、プレゼンターにめっちゃ推薦した。


彼なら・・・きっと「やってくれる」はず。


さっさと「ポパ活」を終わらせて・・・

私は行くんだ。ビート・チック・サタデーナイトフィーバー株式会社の面接へ。


 

深い深い闇の中で見えた、「何らか」の希望の光。

それが本当に「光」だったのか、

今となっては、もう、分からない。



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100日後に転職するジョブホッパー


第四章「あの夏の日の活動記録」




完。








・・・最終章へつづく。








※この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは一切関係ありませんが、

安斎響市は、「自称イケメン」の、
無敵のジョブホッパーです。






第一章「オッパブと上司の骨折」はこちら


第二章「心の中でタイキック」はこちら


第三章「忘却のひよこリスペクト」はこちら

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