![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/derick-mckinney-TZ8IFQBg9Ao-unsplash-1.jpg)
第一章「オッパブと上司の骨折」はこちら
第二章「心の中でタイキック」はこちら
第三章「忘却のひよこリスペクト」はこちら
第四章「あの夏の日の活動記録」はこちら
最終章「転職の向こう側」はこちら
祝!! 書籍化!!
安斎響市『転職の最終兵器 未来を変える転職のための21のヒント』(かんき出版)<PR>
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21日目
私の名前は、安斎 響市。
27歳、初めての転職で、このポパイ電工株式会社にやってきた。
「ポパイ」と言えば、世界中で知らない人はいない、超有名ブランド。大手優良企業の「海外営業部」で働くビジネスマンとして、東京都心の綺麗で立派なオフィスに通勤する日々が始まった。
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/alessandro-stigliani-v_DGrJ5ions-unsplash-300x225.jpg)
でも、「憧れのブランド企業」だったポパイは、外から見るのと、中で実際に働くのでは全然違っていて、本社配属最初の1週間で、既に、安斎の心は折れそうになっていたんだ。
「ちょっと!安斎君!!一体何をやってるの? 20XX年度第三四半期生販ミーティングの資料は、5ページ目にこのグラフが5つ並んでいないとダメなの!なんで勝手にレイアウトを変えたの!?」
「申し訳ございません!植野係長! 1ページあたりの情報量が多すぎて見づらいので、改善しようと思ったのですが・・・」
「はぁ!? 何が改善よ!そんなこと新人のあなたに期待してないのよ!いいから黙って、ただグラフを更新すればいいのよ。
全くもう・・・すぐ自己主張して・・ゆとり世代ってこうなのかしら・・?」
安斎は、「転職の厳しさ」を痛感していた。
22日目
これは・・・参った。
今、私は、20XX年度第三四半期生販ミーティングの資料を作っており、自分の担当地域であるオーストラリア・ニュージーランドの市場状況と営業戦略に関するページの作成を担当する。
このパワポ資料は、アジア&パシフィック営業課25名全員で協力して作成するものなのだが、
総ページ数:怒涛の285ページ。
進撃のパワポである。巨大すぎる。
画像を貼りまくっているのでファイルサイズは200MBある。この、たかが社内会議のためのパワポ資料を作る仕事で、営業課全員が、この3週間、毎日深夜残業している。
そして、どうやら、
1ページ目:表紙
2ページ目:サマリー
3ページ目:為替や消費者物価指数の変化
4ページ目:経済環境分析
5ページ目:市況変化グラフ①~⑤
6ページ目:市況変化グラフ⑥~⑬
・・・以下、「概略」で45ページまで続く。
という具合で、どのページに何を書くか、が、既に、きっちり細かく決められている。
私は植野係長が前回作ったファイルを更新する形で作業を始めたのだが、5ページ目にはグラフが5つ、6ページ目にはグラフが8つあり、文字数も多すぎるため、
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/UTXzoJtmm4c02ll1607341605_1607341610-300x169.jpg)
さすがに、これは情報を詰め込み過ぎでは・・・と、グラフを1つだけにして、見やすく改善したつもりだったのだが・・・
「ちょっと、安斎君? 新人のペーペーが何やってんのよ?
勝手にレイアウトを変えて言いわけがないでしょ!?」
「いや、あの、植野さん、すみません・・・さすがにスライド1枚の情報量が多すぎるので、改善しようと思ったのですが・・・」
「・・・何? つまり、この課の方針にケチをつけようってことなの?」
「いえ、決してそういう話ではなく・・」
「・・・そういうのはね、管理職が考えればいいのよ。パワポの構成や改善は、あなたの仕事じゃない。あなたは、黙ってパワポの元データを最新の数字に更新して、グラフをパワポにペタペタ貼ればいいのよ」
「はい・・・申し訳ありません・・・」
この後に知ったことだが・・・この会社「ポパイ電工」では、パワポのフォントや色や文字の大きさ、1ページ当たりの文字数、グラフの種類と大きさ、表示項目、スライドごとのレイアウト、コメントを書くポイント、使ってOKな語句、NGな語句、各スライドのタイトルに至るまで、
あらかじめ全て指定されており、個人の裁量で変更することは、一切許されないのだった。
「ヨーロッパ営業課」配属の同期の深田は、1枚目の「表紙」の背景画像を「ヨーロッパ風」の風景に変更したところ、
「入社早々、軽率な真似をするな。前の会社でどうだったか知らないが、ポパイではそんなやり方は通用しない」
と、上司から30分説教されたらしい。
「大企業は裁量が無い」とはよく言うが・・・パワポの背景画像変えただけでガチ説教なのか・・・
ポパイでは。
23日目
そして、会議当日。20XX年度第三四半期生販ミーティングが始まった。「生販」とは、メーカー用語で、生産と販売のことで、これに更に在庫を含めて「生販在」と呼んだりもする。
つまり、毎月工場でどのモデルを何台生産し、何台在庫を持ち、何台販売する見込みか、という計画を立てるのである。一言で言うと、「需要予測」である。
ぶっちゃけ、今どき、ほとんどの大手メーカーは、IT企業が提供する最新の「需要予測システム」使って「生販」をやっているので、「生販」を全てエクセルのマニュアル作業で計算し、四半期ごとに3週間もかけて20人以上のリソースを使って、「生販」のためだけのミーティングをしているなんて、正直言って、安斎には驚きだった。
でも・・・もしかしたら、
このプロセスに「ポパイ」の強さの秘密が隠されているのかもしれない。
これは、一流企業のノウハウを学ぶチャンスだ・・!!
会議は10時から。まだ9時過ぎだから、少し時間があるな。コーヒーでも買ってこようか。
「あ、安斎さん・・・」
その時、安斎は同じ部署の佐藤くんに呼び止められた。
「準備、先行ってますね!そろそろ行かないと・・!!」
「あ、え、あの、準備って、会議は10時からですよね?」
「あ、入社されたばかりだから知らないんですね。入社3年以内の20代の男子は、会議の45分前に行って準備をしないといけないんです。」
24日目
佐藤くんと共に、私は22階の「海外営業部オフィス」から、1つ下、21階の「中会議室21-A」へ急いだ。
佐藤くんは24歳の新卒2年目、軽王義塾大学卒の若きイケメンだ。どのくらいイケメンかというと、たぶん、「自称イケメン」の安斎の120倍くらいはイケメンだ。
私は中途採用なので、佐藤くんより社会人経験は4年ほど長いが、社歴は彼のほうが長いので、色々と親切に教えてくれるのだった。
「安斎さん、こういう大きな会議の前には、若手男子が45分くらい前に行って準備をすることになっているんですよ。まあ、ぶっちゃけ準備は10分あればできるんですけど、机にいつまでも残っていると、『早くいけ』って先輩たちに怒られるので・・・」
「な、なるほど・・・」
ポパイ電工株式会社、社歴1カ月の安斎は、もう、この程度では驚かない。
「まず、会議室の机を『コの字』型に移動しましょう」
世界中に名を轟かす巨大企業・ポパイ。
その「海外営業部」の会議室は、こんな感じ・・・
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/light-828547_640-300x225.jpg)
ではなく、割と普通だった。
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/conference-room-1226728-300x200.jpg)
パイプ椅子とパイプ机をせっせと移動し『コの字』型に並べた後、佐藤くんは続けて言うのだった。
「明石本部長のお席に、ポパイのロゴ入りレポート用紙と、鉛筆2本を、よく削って置いておく決まりなんです。
鉛筆は『B』です。もちろんトンボ鉛筆です。僕は入社したばかりの頃、間違って『HB』を置いちゃって・・・あの時は、課長からすっごい怒られました。安斎さんも、気を付けてくださいね」
突っ込みたいことは山ほどあったが、もう安斎は、この程度では驚かない。
「あ・・・うん、、、
でもさ、佐藤くん、つまり、明石本部長がどこに座るかって、初めから決まってるってこと?」
「もちろんですよ!明石本部長だけじゃなく、全員の席が決まっています。座席表、昨日パワポで作ったやつ送りましたよね。」
「座席表!?
たかが社内の会議ですよね?マジですか!?」
「これがコピーしたものです。明石本部長の席は、一番『上座』の、ここです」
「あれ・・・でも、佐藤くんと僕の席が無いけど、我々は、どこに座るの?これ」
「もちろん、立ちです。
大事な会議の場合、入社3年目までは、席はもらえません」
「た、た、立ちぃぃぃ!!!??」
本当にすごい会社だ。ポパイ。
まだまだ、この私をドキドキさせてくれるらしい。
25日目
まさか。。。
会議中に立たされることになるとは・・・
「え?安斎さんの前の会社では、20代の若手にも、椅子があったんですか?」
おいおい、佐藤くん、何の冗談だ。
みんなの前で立たされるなんて、中学校時代に、担任の教師から怒られて、廊下に立たされて以来だよ。
確か、あの時は、学校のプールに落ちていた「パンティー」を頭にかぶって、東北の真冬の「凍り付いたプール」で「氷が割れないか!ドキドキパンティーチキンレース」をしていただけなんだが・・・
水泳部全員怒られて、廊下に立たされたんだ。
いや、そんなことは、どうでもいい。ここは学校ではない。
会社の社内会議で、20代男子は椅子を用意してもらえず、立ちっぱなしで2時間の会議に参加するって、
これ、パワハラっていうか「いじめ」じゃね?
しかも、なぜか男子だけ。20代の女性社員は普通に「座席表」に名前があり、席をもらえている・・・
そもそも・・・なんで社内の会議に「座席表」が必要なんだよ・・・
たぶん、「上座」とか「下座」とかで揉めるからってことなんだろうなあ・・・
2時間の会議の間、私と佐藤くんは、会議室の端っこで立ったままノートにメモを取り、まるで部外者のように、一言も発さず、会議の議論に参加することなく、この四半期に一度の「重要会議」を終えたのだった。
そして、また会議後に、会議室の机を『コの字』から、元の『四列』にせっせと直すのであった。
22階の「海外営業部」の自分の机に戻ると、植野係長が私を待っていた。
「どうだった?安斎君。生販会議。あのプロセスを経て、うちの会社は、この大きなビジネスを動かしているの。勉強になったでしょ?」
(私が動かしているのは、机だけですけどね。。)
と思ったが、もちろん言わなかった。
「あなたも、早く一人前になって、座席表に名前を刻まれるように、頑張るのよ!!」
( ”座席表に名を刻む”か。。。ある意味、新しいな。なかなかギャグセンスあるじゃないか、植野さん)
もちろん、植野さんは大真面目である。彼女は、冗談など言わない。たぶん生まれてから一度も冗談を言ったことのないタイプの人だ。
「さて、じゃあ安斎君。会議はまだ終わっていないわ。
・・・仕事よ。」
26日目
「早速だけど・・・、今日の生販ミーティングの議事録、まとめてくれる?
担当の、オーストラリア・ニュージーランドの部分」
植野さんからの「仕事」の指示は、割と普通の事で、安斎は、少し安心した。
「はい、ミーティングの要点はメモ取れているので、すぐに出来ると思います。書式の指定はありますか?」
ポパイ電工の社員としての風格が徐々に芽生えてきた安斎、「書式の指定」を事前に確認するくらいには、この会社に染まってきている。
「書式っていうかなんて言うか・・・とりあえず前回の、送るわね。それを真似して作業してくれる?
これ、録音データよ」
アジア&パシフィック営業課の、2時間の会議の中で、オーストラリア・ニュージーランドの議論は、たったの15分か20分程度。
しかも、「議論」と言っても、特に何の「結論」も「次のアクション」も無い、いわゆる大企業的な「報告会議」だったので、なぜ録音データまで必要なのか、よく分からなかったが、安斎は、とりあえず植野さんからメールで送られてきた、前回の議事録のファイルを開いた。
なんだ・・・これは・・・!!!
アジア&パシフィック営業課
20XX年度 第三四半期生販ミーティング
参加者:
明石本部長様
前原部長様
吉村部長様
・・・(以下35名)
議事:
高橋課長「えー、では、これより第二四半期生販ミーティングを始めさせていただきます。課長の高橋でございます。まず、この四半期の概況ですが、TKG業界は空前の需要増が追い風となり、重要市場であるタイとシンガポールを初め・・・」
明石本部長「あのさぁ、堅いよ、堅い。高橋君。そんな分かり切ったことはいいからさあ・・・ 結論から言ってくれるかい?」
高橋課長「はい、大変申し訳ございません、明石本部長。では概況は省略いたします。ではスライドの48ページまで飛ばして・・・」
野村主任「ここからは私がご説明をさせていただきます。この四半期より生販リーダーを務めております、野村でございます。本日のメインの議題といたしまして、この四半期の最も需要な課題と致しましては・・・・」
(・・・以下、A4で58枚)
つまり・・・これが、ポパイ電工の「議事録」だった。
全員の発言を漏れなく全て、録音データから手作業で書き起こすのだった。まるで演劇の台本のように、全員のセリフが一言一句、記されている。
「植野さん、これって・・・」
「ああ、うちの会社は、すごくキッチリしてるからね。完璧主義なのよ。
こんなレベル高い議事録見るの、初めてでびっくりしたかもしれないけど、これが『ポパイ』の仕事のやり方よ。今回は、オーストラリア・ニュージーランドの部分はかなり省略されてたから、たぶん2時間くらいあれば、全部書き起こせるでしょ。
あ、でも・・・後半の、明石本部長のセクハラ発言は、書き起こさなくていいからね。そこだけ、気を付けてね」
安斎はその日、イヤホンを付けて、20分の会議の録音データを何度も何度も聞いて、合計8ページに及ぶ「議事録」を、夜まで残業して、書き上げたのであった。
「達成感」は・・・無かった。
27日目
「お待たせしました~!こちら『紅の豚スペシャルアンチョビ炒め』になります!」
「あ、あと追加で、生ビール、2つ。」
私は、また同期の深田と、いつもの店に来ていた。
「それで・・・
深田、教えてくれ。
俺たちは、いま、何をしている?」
「大企業で・・・くすぶってる。」
「・・そう!そうなんだよ!!
あのさあ・・・ポパイって、こんな会社だったか?」
「いや、広報が上手いんだよ、きっと。TVのCMで見るイメージと、中身、全然違うんだもんな」
「俺、さすがに会議中立ちっぱなしだったのは、生まれて初めてだよ。しかも、うちの部署、285ページもパワポ作ったのに、当日250ページくらい省略されて、会議で使ったスライド30枚くらいだけ。って・・・なんであんなに資料作ってんだろうな?」
「パワポ作るのが仕事になっちゃってるからな。ある意味、すごいよ。社員大勢で、こんな意味不明な事してるのに、売上何兆円も毎年作って、株価も上がり続けて、日本トップクラスの有名企業なんだから」
「確かに。この会社、一体どうやって回ってるんだろうな」
「聞いてくれよ、安斎。俺、ヨーロッパ営業課で一番若いから、『OA機器担当』になったんだ。PCとか社用携帯のトラブル対応とか。今日なんて、部長のスマホの調子がおかしいとかで、ソフトヴァンクに何度も電話して、それで一日終わっちゃったよ。
いつになったら使えるようになるんだ!?って部長にもイライラされて、本当にしんどかったよ・・・」
「それは、ひどい話だな・・・普通、そういうのってITサポートの部署があるよな。
なんで新人の仕事がそれなんだ?」
「俺が聞きたいよ・・・しかも、『OA機器担当』の仕事って色々あって、部署で使うノートとか消しゴムの発注もやってるんだ。消しゴムの発注だぜ?」
深田翔介、27歳。
彼は、高校時代カナダに留学した後、大学でカリフォルニアに渡り、アメリカの有名大学を卒業している。前職は超優良企業、素材メーカーの「ヤングマン」である。私よりも遥かに英語も上手い。TOEICはもちろん990点満点だ。
こんな優秀なやつが・・・「消しゴムの発注」を、仕事としてやっているのか。。。
「こんな、愚痴ばっかり言っても意味は無いのは分かってるんだけどさ・・・
安斎、、、俺は悔しいよ。なんで、こんな会社入っちゃったんだろう・・」
そういえば・・・なんでだろう?
なぜ私は、
ポパイ電工に入社を決めたんだっけ?
安斎は、少し、転職活動中の事を思い出していた。
28日目
「安斎、、、俺は悔しいよ。
なんで、こんな会社入っちゃったんだろう・・」
深田の悲痛な言葉を聞いて、安斎は少し考えた。
そういえば・・・なんでだろう?
なぜ私は、ポパイ電工に入社を決めたんだっけ?
半年前の私は、正直言って、精神的に、かなり追い詰められていた。
あの時、私は、「自分の人生を生きる」ために、転職を決意した。
でも・・・転職した結果が、これだ。
前職L&Ps(ラブアンドパンティーズ)も、古臭い日本の大企業だったし、あの会社の、社内接待や社内政治に嫌気が差して、私は新卒から5年も働いた会社を去ったわけだけれど・・・何のことはない、ポパイ電工のほうが、100倍ひどい。
もともと、私はこの業界・・・TKG業界に、それほど強い興味があったわけではない。実は、それどころか、私はTKGを持っていなかった。今も、家にTKGは一つもない。
正直言って、TKGに全く興味が無いのだ。
初めての転職で、色々勝手がわからず、しかも、海外からオンライン面接で受けられるところを探してもほとんど見つからず、書類選考にも面接にも、落ち続けた末に、
やっと出た「内定」。
しかも、
超有名企業「ポパイ電工」の、グローバル本社、海外営業部。
そのキラキラした響きに、思ったよね、私は、その時。
キタァァァああああああああああ!!!!!!
内定!!!!!!!
ポパイ!!
ポパぁぁイ!!!!!!
大企業!!
有名企業!!!
日本トップクラスのブランド!!
5カ月のボーナス!
立派なオフィス!!!
名刺でモテる!!
ポパぁぁぁイィぃ!!
PopaaaaaaiiiiiaaahhhhhhhhhhYeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!
ほんと、あの時の自分を、殴りたい。
グーで。
よく考えずに、「有名企業の内定」というだけで、私は、嬉しくて嬉しくて、転職を決めてしまったんだ。
きっと、明るい未来が待っていると、信じて。
そして、半年後・・・安斎は、同期の深田と酒を飲みながら、入ったばかりの会社の愚痴ばかり言っていた。
29日目
本当は、このTKG業界に興味も無いのに、有名企業の看板と、そこそこの待遇、人事の美人なお姉さんに釣られて、20代・海外駐在員の椅子を捨てて、「ポパイ電工」への転職を決めてしまった、
安斎響市 27歳 男、
好きな食べ物は餃子、好みのタイプは、仲里依紗。
ほとんど同じような流れで、同じく「ポパイ電工」への転職を決めてしまい、米国有名大学を卒業し、TOEIC満点なのに、部長のスマホ修理と、消しゴムの発注という、「雑用の中の雑用」のような業務を担当する、
深田翔介 27歳 男、
好きな食べ物はハンバーガー、好みのタイプは、綾瀬はるか。
2人は、既に「行きつけ」となった、品川駅近くのスペイン料理屋『飛べねえ豚はただの豚』で、ビールを片手に、途方に暮れていた。
「安斎・・・俺は、騙されたよ。
ポパイが、まさか、こんな会社だったなんて。入社前にはこんなの分かんないよなぁ、あんなに外から見たイメージ良いのに。
それに。。。人事の早川さん、可愛いよな・・・」
「分かるよ、深田・・・たしかに、可愛い。あれは、ズルい。つい入社したくなる。あれが巧妙な罠だったとはな・・・
ポパイ・・・やってくれるぜ。早川さん、人事採用担当だから、入社後、もう二度と会う機会、無いからな」
「もう・・・会えないのかな。。。安斎、俺、会いたいよ、早川さんに」
「とにかく、だ・・・早川さんには、いつか、きっと会える。
そんな気がするんだ。しかし・・・俺たちは、仮に早川さんに会えたとしても、
このままだと、キャリアが終わる。」
「・・・終わるだろうな。
跡形もなく、消えるだろうな。」
「考えようぜ、深田・・・この、285枚のパワポを作ったり、パイプ机をコの字に並べたり、消しゴムの発注をしたりする、仕事の中にも、きっと、何か『光』があるはずだ」
「安斎・・・お前、その『光』って、早川さ・・・」
「もう早川さんの話はやめろ!!」
「ごめん・・・」
「現実を見よう、深田。俺たちは、もう、この会社に入っちまったんだ。
この会社を変えることなんて、俺達にはできない。できるわけがない。入社早々、上司に個室に呼び出されて、『なぜ昨日オッパブに来なかったんだ!?』とガチで説教されるような会社だぞ・・・
でも・・・だからといって、
もし1~2年で辞めちまったら、俺たちは、ただのジョブホッパーだ。
幸い、ポパイのブランド力は、すごい。この会社に在籍していたというだけで、確実にエリート扱いされる。ここで、何とか、他社に行けるような実績を積んで、
3年後か、4年後に、転職しよう。
それしかない。。。」
「 "おっしゃる通り" だよ、安斎。
そうだ、そうだよな・・・さすがに、今辞めたら、ただのジョブホッパーになっちゃうもんな・・・」
安斎と深田は、この「答え」のない会話を続けながら、
将来への不安と、
転職の厳しさを、
痛感していた。
実は、この2年後には、二人は共に「ただのジョブホッパー」になっているのだが、二人の運命が狂いだすのは、まだ少し先の事である。
30日目
「俺は、やるぞ。深田。3年後か4年後に、転職する。その為に、今は、頑張る。ポパイだって、腐っても超一流企業だ。
きっと、学べることがあるはずだ。
これから3年で、ポパイから、出来るだけ沢山のことを吸収して、自分でも沢山勉強して、30歳で、もう一度、転職する。
1社目が勤続5年、2社目が勤続3年くらいなら、たぶん、そこまで経歴も傷つかないはずだ。今どき、転職なんて、普通だしな。」
安斎は、転職を経験して、精神的に強くなっていた。
日々辛かった、あの「転職活動」期間を乗り越えて、このポパイ電工に入社してきている。
3年後に、また転職する、という新たな目標を立てて、
自分自身を奮い立たせ、
心を燃やすんだ。そう、煉〇さんのように。
「でも、、、深田。俺は、『ポパイ』の文化には染まらない。オッパブにも、行かない。
何度、上司にキレられても、先輩たちに白い目で見られても」
「安斎・・・俺は・・・
オッパブには、
行きたい・・・!!!!」
「深田・・・それも、お前自身の選択さ。自分が信じる道を進めばいい」
まだ、ポパイ電工、グローバル本社での仕事が始まって、たった一カ月程度ではあったが、安斎は既に、この会社には長くはいないだろうと、強く思っていた。
この会社で学べることを学び、「ポパイ」のネームバリューを使って、次のステージへ行く。
それだけが、今の彼の、生きるモチベーションだった。
31日目
心を燃やして、立ち上がった安斎に、さらなる「悲劇」が降り注ぐ。
安斎は、次の担当プロジェクトである、「前原部長のご出張準備のお手伝い」を進めていた。
海外営業部TKG統括部の部長である、前原部長がインドネシアへご出張へ行かれることが決まったため、その関連手続きを私が担当するのである。
まずは飛行機の日程と空き状況の確認、ホテルのお好みをお聞きし、前原部長が「以前からポイントを貯めていらっしゃる」というグランドハイアットを予約する。
と言っても、
ポパイは大企業なので、海外出張予約を担当する部署があり、「ポパイビジネスサポート」の「海外出張予約」部門へ連絡すれば、あとは、そこの手配担当者が全て上手くやってくれるのだが、私の仕事は、前原部長のご要望をお聞きして、その部署に伝える「連絡係」である。
22階の海外営業部デスクで、部長のパスポートをお預かりし、同じビルの5階の「出張予約担当」まで持っていく。
それが、私の仕事だ。
「前原部長、では確かに、パスポートをお預かり致します。こちらの『パスポートお預かり申請書』にハンコをいただけますと幸いです。」
「ハハハ、安斎君、絶対に無くしちゃだめだよーん!」
「はい、万全の注意を期して、5階までお運びいたします。ハンコのご承認、ありがとうございました。」
え?
部長が自分でやればいいって?
そうはいかない。
部長だぞ。
偉いんだぞ。
ポパイでは上に逆らうことは、絶対に許されないのだ。
ちなみに、部長のご出張日程は、下記の通りである。
1日目 ジャカルタ到着後、ホテルにチェックイン
"【社外秘】20XX年 前原部長様 インドネシアご出張計画書(最終版)" より抜粋
2日目 営業会議、現地法人社長との会食、キャバクラ
3日目 若手駐在員のお供による現地観光ツアー、キャバクラ
4日目 駐在員とのゴルフ、キャバクラ
5日目 自由行動、キャバクラ
6日目 総括・出張振り返り、帰国
・・・。
・・・・。
・・・・・・・。
なんじゃコリャぁぁぁぁぁ!!!!
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/pablo-rebolledo-h8sl-oNcat0-unsplash-300x200.jpg)
タイキックしたい!!
タイキックしてやりたい!!!!!
くそぅ、タイキックだ、タイキックを持ってこい!!
よく、「自分の選んだ道を正解にしていく」などと言うが・・・どうやって「正解にしていく」っていうんだ!
これが「正解」になるわけねえだろ!!
どう頑張ったって「不正解」だ!!
くそ・・・!!
私は、負けない・・!!!
負けないぞ・・・!!!
これも、次の「転職」までの道のりだ。
3年後に、次のステージに行くんだ・・・!!!
32日目
海外営業部TKG統括部の長である、前原部長。
課長の高橋さんが、大柄で太っていてハゲ散らかした典型的なオッサン 長身でたくましい雰囲気を持つ雄々しい方なのに対して、
部長である前原さんは、ドラえもんで言うとのび太、せいぜい良くてスネ夫 その小柄で優しそうな外見の裏に隠されたカリスマ性を醸し出す、インテリ系のエリートビジネスマンだ。
その、前原部長がインドネシアに出張し、ゴルフ接待とキャバクラ接待と観光ツアーをお楽しみになるために、私は彼の、飛行機やホテルや、現地レンタルWifi等の手配をしている・・・
私は数か月前まで、日系大手企業の若手海外駐在員で、マーケティング課・課長だった。26歳という若さで、管理職で、8人の部下がいた。
それが、今では・・・部長のパスポートをお預かりして、同じビルの22階から5階へ持っていくだけの仕事や、出張当日の部長のご自宅から空港までのリムジンタクシーの手配などをしている。
もちろん、私は出張には同行しない。
この、アジア&パシフィック営業課がビジネスを展開する地域のほとんどの国に、私は行ったことが無い。
それどころか、私は自分の担当地域である、オーストラリア・ニュージーランドにも、実は、一度も行ったことが無い。
前の会社の海外営業部では、2~3カ月に一度は海外出張があり、アメリカ、中国、台湾、ドイツ、イギリス、スペインなど、色々な国に行って現地ビジネスの現場を知って、
本社の「海外営業」として、マーケティング戦略や商品企画を担当していた。
今、私は、転職した会社で、
本社の「海外営業」として、部長のキャバクラ戦略やゴルフ出張企画を担当している。
ふと、気になった私は、植野さんに聞いてみた。
「植野さん、私は、この業界も、オセアニア地域の担当も初めてです。一度、出張に行って、現地の商習慣を学んだり、お客様訪問をしたり、してみたいのですが・・・」
「ハァァ!?
あなた、新人でしょ? バカなの!?
海外出張に行くのはね、結果を出して、実力を証明してからよ!!出張にはコストがかかるんだから!!」
ううむ。。。言ってることは分からないでもないが・・・我々の部署の部長は、キャバクラとゴルフの為に、ファーストクラスの飛行機で、グランドハイアットに泊まって、今月、出張に行くじゃないか。。。
しかも・・・この「消しゴムの発注」をしたり、机を「コの字」に並べたり、部長の為に「ホテル予約を確認」したり、「285枚のパワポを全部言われた通りに作る」仕事で、
「結果を出す」
「実力を証明する」
って、一体どういうことなんだ・・!!!
・・・。
そんな時だった。安斎が、「あるニュース」を知ったのは。
33日目
ある朝のことだった。ヤフーニュースのトップに出た文字を見て、安斎は、驚愕した。
「ポパイ電工、成長市場の豪州でスマートTKGの最新モデルを発表。
現地のニーズに特化した同社初のローカル開発モデル。」
えっと・・・
・・ん?
「ポパイ電工」というのは、弊社の社名だ。私は、海外営業部の社員だ。豪州、つまり、オーストラリアは、私の担当地域だ。
ちょっと待って。
・・・ん?
頭が、追い付かないぞ。
なぜ、社員の私が、自分の部署の、自分の担当地域での、新商品発表をヤフーニュースで知るんだ??
でも、ニュースの発行元も、大手業界メディアや新聞社・・・誤報だとは思えないし、
何より、私が日々連絡を取っている、海外駐在員の新田さんが、現地記者会見の写真に写っている。
・・・・ん???
私が、大事なメールなどを見逃がしていたのか?? 全く分からない・・・
「植野さん。。。ニュース、見ましたか?
あれって・・・」
「ああ、新商品のニュースね!あれ、すごいわね!私も今朝見てびっくりしちゃった!」
「・・・??
・・それは、植野さんもご存知なかったということですか?」
「・・・・??そりゃそうよ。当たり前じゃない。新商品は、商品企画部と現地法人と現地研究所が作っているんだから。私たちは、営業部なんだから、新商品の情報は、当日まで入ってこないのよ。社内でも機密事項だからね。」
・・・・・???
ますます、分からない・・・
あれ、「営業」って、なんだっけ?
あれ?
え?
「ほら、安斎君、黙ってないでさ、早くネットのニュースをかき集めて!報告書、作るわよ!!新商品、出るんだから!!」
その日、安斎は、初めて知る、自社の新商品の情報をグーグル検索で徹底的に調べ、他社との比較や、業界誌の評価などをまとめて、ネットで拾った写真をペタペタ貼って、パワポを70枚作ったのだった。
安斎は、思った。
これ・・・ネットの情報を集めて資料作るだけなら・・・
社員じゃなくても、その辺の大学生でも作れるよな・・・?
あれれ?
おかしいな・・・
ポパイ・・・もしかして・・・
本当に、この会社から学べること、何も・・・無い・・・???
無いのか・・???
34日目
その夜、安斎は、前職の株式会社L&Ps(ラブアンドパンティーズ)の同僚である、西岡と2人で飲みに来ていた。
新卒入社の内定者時代からの付き合いなので、もう6年前からの友人になる。私は海外駐在中に前の会社を辞めて、その後は引っ越しや転職でバタバタしていたため、西岡と会うのは、L&Psを退職してからは初めてだ。
彼は今は名古屋に住んでいるのだが、出張で東京に来たついでに、久しぶりに飲もうと誘ってくれたのだ。
西岡は、芸能人かと思うくらい、びっくりするレベルの超ド級「イケメン」で、自称「イケメン」の安斎の85億倍くらいはイケメンである。
どのくらいイケメンなのかと言うと、
「カフェやファミレスで勉強していると、だいたい女性から逆ナンパされる」
「『顔』の力だけで、入社1年目なのに営業成績社内トップに輝いた」
「あまりにもモテすぎて社内で男性陣から嫉妬されるので全く出世できない」
など、数々のイケメン伝説を持つ。
L&Ps(ラブアンドパンティーズ)の社内MVPである「パンティーキング」の表彰を受けているにも関わらず、女性社員からモテすぎるが故に、上司に嫌われて地方に飛ばされたのは、後にも先にも、彼ひとり。
それが、西岡だ。
「しかし・・・安斎、お前は変わった奴だったから、転職するって聞いても、そんなに驚かなかったけど・・
まさか、あの『ポパイ』の中がそんなことになってたなんて、それは驚きだよ」
「いや、俺も驚いたよ。L&Psの、社内政治でごちゃごちゃした文化が嫌になって、外の世界を見ようと思ったら、外の世界は、もっと酷かった」
「日系大企業は、どこもそんなに変わらないってことかもな。まあ、でも、安斎、お前、別に、うちを辞めたことを後悔してるわけじゃないだろ?」
・・・確かに、そうだ。
新卒入社したL&Psの外に出たかったのは事実だし・・・ポパイが、実はあまりにも狂った会社だったことは、入った後の結果論でしかなく、私は、前の会社を辞めたこと自体は、後悔してはいなかったし、L&Psに戻りたいとは、全く思っていなかった。
決して、転職を後悔しているわけではない。
だからこそ、何とか「今の状況」に活路を見出すことができないか、と、安斎は足掻いていた。
「それにさ・・・安斎、ポパイは、うちとは比べ物にならないくらい超優良企業だし、きっと給料も良いんだろう?『ポパイの社員』っていう看板だけでも羨ましいし、別に、人生、仕事だけじゃない。俺さ、いまMBA通ってるんだけど、すごく学びが沢山あって、良い経験になってるよ。
俺も、L&Psには色々不満があって、安斎が辞めた気持ちも分かるし、会社以外に『打ち込めること』が欲しかったから、
MBA取ることにして、本当に良かったよ。まあ、仕事しながら大学通うの、大変だけどな。笑」
MBA・・・
MBAか。
社会人大学院、という道か。
「西岡・・・
それ、ちょっと詳しく教えてくんない?」
35日目
うーーーん、やっぱり筑前煮大学の方が良いかな・・二ツ箸大学は私の頭では難しそうだし、青汁学院大学はちょっと学費が高いし。
安斎は、この1か月間、毎週のように都内の社会人大学院の、MBAのオープンキャンパスを回っていた。
超絶イケメンの元同僚西岡のアドバイスに従って。
「安斎、実はな、MBAの授業で学べる内容なんて、今どき、本でもYouTubeでも学べる。要領の良い奴ならな。
でも、授業の内容というより、他の業界から来た沢山の同級生や、年上でビジネス経験豊富な同級生とのディスカッションとか、共同のプロジェクトとか、そういうのが、すごく勉強になる。経営者の人もいるし。俺のゼミの教授も、元経営者でコネがあるから、MBA卒業する時に教授の紹介で転職する人も多いよ」
豊富な学び・・・
経営者とのコネ・・・
紹介で転職・・・
転職・・・
転職・・・
キュピーン!!!
これだ・・・!!!!
![](https://tenshoku-devil.com/wp-content/uploads/2020/12/GAK_arupakapunpun_TP_V-300x209.jpg)
安斎は、飢えていた。
「知的好奇心」に飢えていた。「成長」に飢えていた。「達成感」に飢えていた。
ただ、ひたすらに膨大なエクセルの数字をシステムに入力するだけの仕事、
何百枚ものパワポに、言われた通りにペタペタ画像を貼り付けて更新する仕事、
部長のパスポートをお預かりして、同じビルの22Fから5Fに持っていくだけの仕事、
毎朝8時にラジオ体操をした後、社員全員で大声で「社訓」を斉唱し、「社歌」を歌う仕事、
課長のPCの電源が切れそうなので、電源アダプターを大至急で会議室までお届けする仕事、
週一回は早朝6時から、会社の周りの道路のゴミ拾いをして「社会貢献」をアピールする仕事、
ヤフーニュースとグーグル検索で得た情報を元に「営業月次報告書」を作る仕事、
などなど・・・。
特に何も得ることが出来ない「仕事」に、
危機感と、物足りなさと、飢えを、強く、強く、感じていた。
もちろん、MBAが全てを解決してくれるなんて、そんなに都合の良いことは無いことは、
薄々分かってはいたが、この時の安斎は、精神的に追い詰められており、垣間見えた「一筋の光」に、ただ、すがるほか無かった。
36日目
ある朝、出社すると、一通のメールが届いていた。
「お疲れ様でございます。海外営業部TKG統括部アジア&パシフィック営業課の浜岡です。
先月のアジア&パシフィック営業課の月次予算達成を祝いまして、今月もまた『営業課夜会』を執り行う運びとなりました。
3月19日(木)
19:00-22:00 一次会
22:00-24:00 二次会
24:00-未明 三次会
※男子は強制参加です。
今回の幹事は、わたくし浜岡、幹事サポート部隊は、佐藤と安斎です。
詳細は追ってご連絡をさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
・・・。
またか・・・。
私の部署、アジア&パシフィック営業課は、その月の予算が達成できた場合には「達成祝い」、予算が達成できなかった場合には「慰労会」などと称して、とにかく毎月、飲み会を開いている。
オジサンたちは、
とにかく酒を飲みたいのである。
このご時世に、「※男子は強制参加です。」ってメールに堂々と書いてるなんて・・・一体どういう会社なんだ。なぜ、こんな会社が日本を代表する有名企業になれるんだ・・・
しかも、今月は、面倒くさいことに、「幹事サポート部隊」に私の名前が入っている。
「幹事サポート部隊」とは、要するに「雑用」の事だ。体育会系の会社であるポパイ電工において、飲み会に「失敗」は許されないため、「幹事」に就くのは40代の「係長クラス」もしくは「課長クラス」である。
なにせ、「飲み会」の出来は、人事評価に直結する。
いま「ポパイ」で管理職以上の地位についている人たちは、全員この「飲み会の幹事」という試練を乗り越えて、昇進というチャンスを掴んでいるのである。ただ、お店の予約や集金などの細かい雑用は、20代の若手の「サポート部隊」が担当するのである。
先月、新卒2年目の若手の佐藤くんがやっていたやつか・・・
くそ。。。面倒くさいな。
そんなことを思っていたら、植野さんに声をかけられた。
「おはよう、安斎君。見たわよ、浜岡係長のメール。ついに来たわね、『幹事サポート部隊』デビュー。あなたの実力を、周りにアピールするチャンスよ、頑張ってね。海外出張も、海外駐在も、昇進も昇給も人事評価も、全部『飲み会』と繋がっているんだからね、しっかりね!」
「はい・・・ありがとうございます。植野さん」
いつかの、高橋課長の言葉を思い出す。
「この会社はね、というか、この部署はね、仕事のほとんどがルーティンワークなんだよ。いわゆる単純作業。業務量が多いから時間はかかるけれど、一度仕事を覚えてしまえば、誰でもある程度はできる仕事なんだよね。
だから、なんというか・・・、仕事じゃあ、差がつかないんだよ。じゃあ、どうやって差をつけて、社内の出世競争を勝ち抜くと思う?
・・・・・・・・。
・・・・・飲み会だ!!・・・飲み会しかないんだよ。」
安斎は、既に、3年後には会社を去るつもりなので、正直言って、この会社の中での昇進や出世には一切興味は無かったが、あと3年は生き延びなければならない以上、この「飲み会関連の仕事」も、一応はやらざるを得なかった。
今日、ちょうど11時から12時までの1時間、『3月度夜会幹事会議』が会議室Bで入れられている。
飲み会の準備のための会議、というわけか・・・
「やあ、来たね。佐藤くん、安斎くん。安斎くんは確かサポート部隊は初めてだったね。初仕事、期待しているよ」
「ありがとうございます、浜岡さん」
「じゃあ、さっそくだけど・・・まずは『座席表』と『式次第』から。
佐藤くん、前回の『夜会資料』フォルダの中から、パワポ開いてくれる?」
37日目
これは、日系大企業では「あるある」だと思うのだが、社内の飲み会には、必ず、「座席表」と「式次第」がある。
え?「あるある」じゃないって?
そんなの聞いたことないって?
仕方ない、それでは説明しよう。
「座席表」は、その名の通り、誰がどの席に座るべきか、全社員の席順が網羅された【社外秘】の機密資料であり、飲み会の日の前日には、最終レビューを終え「部長承認」のハンコが押された状態で、パワポもしくはPDFファイルで参加者へ配布される。(PDFの方が望ましいとされている)
結婚式ではない。部署の「飲み会」である。
「座席表」が、あらかじめ「部長承認」されていることにより、社員一人一人が、当日の現場(居酒屋)で上座・下座を細かく確認することなく、円滑かつ効率的に、上下関係を毀損することなく座席に着くことができるのだ。
参加者の出欠状況に応じて、席順を調整する必要は、あまりない。原則として、飲み会は全員「強制参加」だからだ。言うまでもないが、「欠席」なんかしたら人事評価に響く。
一方、「式次第」とは、これまた、その名の通り、飲み会当日の進行のお題目を並べたものである。
結婚式ではない。部署の「飲み会」である。
1. 部長より「開会の儀」
ポパイ電工株式会社 アジア&パシフィック営業課 20XX年 3月度「夜会」資料より、「(社外秘) 式次第_final_20XX0316」より抜粋
~2月営業状況と部長のご家庭事情について~
2. 課長より「乾杯のご挨拶」
~右手骨折の復旧状況進捗~
3. (暫し、ご歓談)
4. 若手社員による
「春への誓い」と「一気飲み」
5. (暫し、ご歓談)
6. ・・・・
(以下、48. 次長による「閉幕の歌」と「二次会のご案内」 まで続く)
と、このように、当日の流れを事前に把握することで、部長の「開会の儀」や、課長の「乾杯のご挨拶」でヨイショする準備も出来るし、どのタイミングで自分が一気飲みをしなければならないのか、心と身体の準備も出来る。出番の少し前から、自分の酒のペースを気にしておけばいいのだ。
まあ、どちらにしろ若手は、周りの先輩からガンガン無理やり飲まされるので、自分の酒のペースを調整することなど、出来はしないのだが。
「今回、安斎くんには『座席表』を、佐藤くんには『式次第』を担当してもらう。
スケジュール感としては、10日までにファーストドラフトを仕上げてもらって、11日に課長レビュー、13日までに課長の最終レビューを終わらせて、16日の月曜には「部長承認申請」を出す。タイトなスケジュールではあるが、君たちなら、やれるはずだ。頼んだぞ。」
「ハイッ!! 浜岡係長!!!」
営業課・会議室Bでの第一回『3月度夜会幹事会議』の中で、私は『座席表』担当をアサインされた。
「佐藤くん、ちょっと聞きたいんだけど・・・この『座席表』ってさ、この前の生販会議の『座席表』をベースに、上座の順とか決めたらいいんだよね?」
「安斎さん・・・そんなことしたら、たぶん殺されますよ。
会議の『座席表』と、飲み会の『座席表』は、Apple to Appleじゃないんです。
むしろ、完全に別物だと思ってください。
会議の座席表は、社歴・年齢・出世順・学閥などを元に、細かい順位付けをして座席のプライオリティ判断をしますが、
飲み会の座席表の場合は、まず、前原部長の両隣は女子社員で固めます。20代で一番若い吉田さんと、うちの営業課で一番美人な須鴨さんは「部長ゾーン」確定です。
次に、「課長ゾーン」です。高橋課長はギャルっぽい子がお好きなので、派遣社員のしずぽよさんを投入します。そもそも、しずぽよさんは「飲み会要員」として顔で採用されてますんで。
この座席プランは、過去のベストプラクティスに基づいています。
いいですか、安斎さん・・・安斎さんは私より年上ですけど、『飲み会』に関しては、新人です。この仕事・・・ナメないほうがいいですよ・・・!!」
「はい・・・佐藤・・先輩・・・」
佐藤くんの鋭い眼光と、数々の強い言葉に、安斎は圧倒されていた。
ポパイ電工に新卒入社すると、どうやら、「こうなってしまう」らしい・・・
38日目
そして迎えた、3月19日(木)、アジア&パシフィック営業課 3月度 夜会。
なぜ木曜日に飲み会をやるのかと言えば、「大安だから。」だそうだ。
「おっ、次は安斎の番だな!これはバンダナ! がはははは!!」
「課長、それ、ネクタイですよ。頭に巻かないでください」
完全に酔っぱらった高橋課長の横で、派遣社員のしずぽよさんが冷たく言い放つ。
「皆様!お疲れ様でございます!オセアニア担当の安斎です!入社して3カ月が経ち、業務にも徐々に慣れてまいりました!4月からは、新たな気持ちで、より一層・・」
「バカ野郎、そんなくだらねえ話はいいんだ、
さっさと飲めコノヤロー!
それ、一気!一気!
一気!一気!!!」
「はい!では、安斎、飲ませていただきます!
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・!!!
ぶはっ!」
「いいぞー!安斎!!もっと飲めー!!うちの会社は酒飲まないと昇進できないからな!! がはははは!!!」
「課長、肩とか腰触るの、やめてもらっていいですか?」
しずぽよさんが、迷惑そうに課長の手を押しのける。
そう、これが、「ポパイ電工」という会社だ。
毎年数兆円の売り上げを叩き出し、日本経済界を代表する、超巨大企業。「ポパイの本社で海外営業をやっている」と言えば、誰もが羨みと尊敬のまなざしを送る。名刺を出すだけで、相手の腰が低くなる。
超優良ホワイト企業として知られる、ポパイ電工。
その実態は、セクハラ、パワハラ、アルハラ、モラハラ、マタハラ、キメハラなど、あらゆるハラスメントを網羅する、闇鍋のような会社だ。
それでも、今は・・・耐えるしかない。
そうこうしているうちに、時計が22時を指し、一次会が終わった。
もちろん、二次会も、全員強制参加、二次会にも、「座席表」がある。
二次会は、さすがにしずぽよさんは「付き合ってられん」と帰ったらしく、高橋課長の隣の空いた席に、私が座った。
「やあ・・・安斎さん。さきほどの一気飲み、見事だったよ。
そうだな、言うなれば、舞の海の土俵際の粘りを感じたよ。
相撲・・・好きかね?」
つい先ほどまで、一次会のお店で女性社員に怒涛のようなセクハラをしていた高橋課長は、酔いが覚めてきたのか、なぜか、妙にカッコつけた口ぶりで相撲力士の話をし始めている。
「ところでだ・・・
安斎さん、君の目から見て、この会社はどうだ?
私はもう、入社して20年以上になるからね。外から見て、このポパイがどう見えるのか、だんだん分からなくなってきているんだ。
もし、この会社で働く中で、おかしいと思うことや、改善すべきことがあったら、教えてくれないかね?
・・・ん???」
39日目
この会社のおかしいところ、改善すべきところ、だって・・・??
そんなもん、あり過ぎて、言い尽くせねえよ・・・!!!
この私の今の気持ちも、とてもじゃないが、言い尽くせない・・・
一体何を言ってるんだ?高橋課長。
あなた、ついさっきまで、大学生みたいにコール掛けて、若手社員にビールジョッキの一気飲みさせてたじゃないか。
それに、自分の右手を見てみろ。包帯でぐるぐる巻きじゃないか・・・その右手、会社の飲み会で、全裸で相撲取って複雑骨折したんだろ?
何を言ってるのか分からない人、詳しくは「14日目」を読んでくれ・・・
しかも、その包帯でぐるぐる巻きの手をネタにして、
「どうだ太いだろう・・!!! 俺のモノは!!」
って、さっきまで女性社員にセクハラしてたじゃないか。。。
そもそも、骨折してるのにそんなに酒飲んで、大丈夫なのか・・・会社も「おかしいところ」だらけだし、課長、あなたの右手も頭も「おかしいところ」だらけだよ・・・
しかも・・・
「安斎さん、もし、この会社で働く中で、おかしいと思うことや、改善すべきことがあったら、教えてくれないかね?」
って・・・
ネクタイを頭に巻いた状態で言うことか?
もはや、どこから手を付ければいいのかさえ、分からない。
この会社の「改善」なんて、出来る気がしねぇよ・・・
「高橋課長・・・あの・・・、えーと・・・ポパイは、とても良い会社だと・・・思います・・・」
「そうか、そうか!!そうだよなぁ!!こんな素晴らしい会社、無いよなぁ!!やっぱり、ポパイ電工は日本一だ!!!」
・・・。
「・・・さあ、皆様!!では本日の三次会のお店はぁ!!
『OL風酒場・爆乳社員マスカット』です!!
ささ、行きましょう!こちらでございます!!
タクシーチケット足りてますかぁ!?」
浜岡係長が、ものすごいテンションで今夜の幹事の職務を全うしていた。
男性社員は次々とタクシーに乗り込んで、ネオンが輝く風俗街へ消えていき、女性社員は「やれやれ・・・」という呆れ顔で、終電で家路に着く。
安斎は、みんなと同じタクシーには乗らず、何も言わずに、一人で歩きだし、ポパイの社員証を首から外して、山手線のホームで、静かに、涙を拭いた。
40日目
翌朝、出社すると、浜岡係長が、管理職一人一人の席を回っていた。
「ああ、浜岡君、おはよう。昨日は本当に素晴らしかったよ。ありがとうね。
いや~、良いお店だったよ。」
「はいっ、ありがとうございます!前原部長!!
居酒屋『沙悟浄』のことでしょうか?」
「いや、そっちじゃなくてさ・・・あのお店、なんて言ったっけ?シャインマスカット・・?」
「ああ!! はい、
『OL風酒場・爆乳社員マスカット』
のことですね!お気に召したようで良かったです!!」
「まさか・・・マスカット使って、あんな事しちゃうなんてねえ・・・
また行きたいねえ・・・いや、とにかく、ご苦労だったよ、浜岡君。
君の実力が『本物』だということは、よく分かった。
次の課長昇進試験、候補者の中に、君の名前を入れておくよ。
これからも、よろしく頼むよ。
全ての仕事は、『飲み会』に通じるからね。」
「ハイッッ!!!ありがたき幸せでございます!!!」
浜岡さんは・・・昨夜の社内接待での実績を武器に、管理職への昇進に王手をかけたらしい。
ふと、自分の席の方を見ると、隣の席の佐藤くんが、ゾンビのような顔をしていた。せっかくのイケメンが台無しである。
「おはよう、佐藤くん、すごいね、昨日もきっと朝4時とかまで飲んでたんでしょ?
よく普通に朝出社できるね、あんなに先輩たちに飲まされて・・・」
「5時半です・・・いや、でも・・・安斎さん、僕、本当に、この仕事で良かったなって思います。この営業課の仕事は、エクセルの単純作業だし、頭を使わなくてもできるから、酒が抜けなくても普通に仕事は回せるし・・・
ウッ・・・
すみません、トイレで吐いてきます・・」
佐藤くん・・・君は、気が付いていないんだ。軽王義塾大学SFC出身、帰国子女という立派な経歴が、いま、ポパイという会社のせいで、ただのゴミに変わりつつあることを・・・
安斎は、少しずつ、思い始めていた。
3年後に転職しよう、と思っていたけれど・・・
私は、この環境で、3年も耐えられるのだろうか?浜岡さんや、佐藤くんのように、このポパイという会社に染まってしまうのではないか?
3年後じゃなくて・・・
今すぐ転職しないと、自分が自分でなくなってしまうんじゃないか・・・???
安斎の、人間としての「危険予知」の本能が、警鐘を鳴らしていた。
ポパイ電工・・・
この会社、危険すぎる・・・!!!!
苦悩の中で、安斎は、ついに、足を踏み入れつつあったのだ。
ジョブホッパーという、魔の森の中へ・・・
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100日後に転職するジョブホッパー
第二章「心の中でタイキック」
完。
・・・第三章へつづく。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは一切関係ありませんが、
安斎響市は、「自称イケメン」の、
無敵のジョブホッパーです。
第一章「オッパブと上司の骨折」はこちら